読むお坊さんのお話

初めて聞いた弱音 -「なもあみだぶつ」ほど温かい言葉はない-

松月 英淳(まつづき えいじゅん)

布教使 福岡県糸島市・海徳寺住職

人を気にするなら

 阿弥陀さまは、「なもあみだぶつ」となって私をお救いくださる仏さまです。私の声となり、言葉となって、「あなたを救う仏は、もうここに届いているよ」と私に告げながら、私とともに人生を歩んでくださる仏さまです。

 浄土真宗は、私が阿弥陀さまに「なもあみだぶつ」と救いを求めて声かけをする宗教ではありません。阿弥陀さまが、「なもあみだぶつ」と私のところに来ていてくださることを喜ぶ宗教です。

 さて、皆さんは自分が他人からどう思われているのか、気になることはありませんか。私はとても気になってしまうのです。あの人はいつもニコニコしているけれども、実は自分のことを嫌っているんじゃないだろうかとか、あるいは、あの人はいつも親しくしてくれるけど、実は陰で僕の悪口を言ってないだろうかとか。そんなことが気になりすぎて、今でも苦しくなることがあります。

 思えば、私は昔から人と自分をいつも比べてみるクセがありました。人と自分を比べてみて、人より自分が優位に立っていることで心を落ち着かせてきたような気がします。また、人より劣っていると思う場合は、なるべくその部分を見ないように心がけたり、私よりも優れていない人を見て自分を慰めていたりもしました。

 人のダメなところを発見するのが大好きで、人の優れたところを見ると劣等感に押しつぶされそうになるのです。人のことなど気にせずに自分に自信を持てばいい、そう思うのは簡単なのですが、実際はそううまくいくはずもありません。

 そんなとき、あるお説教で「人のことを気にして生きていくくらいなら、阿弥陀さまを気にして生きていきなさい」という言葉を聞きました。「阿弥陀さまが私をどうみてくださったのか」が大切であるというお話でした。阿弥陀さまならどう思われるだろうか。阿弥陀さまならどうおっしゃってくださるだろうか。言うなれば、阿弥陀さまの「ものさし」をもって生きるということでしょうか。

"もうダメです"

 ご門徒のNさんは、ご高齢の女性の方で、お体が不自由です。身のまわりのことは、ほとんど娘さんにしてもらいながら過ごしています。仏さまのことやお寺のことをとても大切に思われる方で、私がお参りに伺うといつも喜んでくださいます。私はお参りに行ったときの様子しか知りませんが、普段の様子を娘さんが話してくださいました。

 「最近は物忘れがひどくなって、イライラする時間が増えてきました。愚痴(ぐち)をこぼしながらすぐ腹を立てます。もう面倒を見るのが大変なんですよ」
 いつも穏やかな顔で一緒にお参りをされ、お念仏を喜び、仏さまと娘さんへの感謝を口にするNさんです。私が感じていた印象とまるで違うので驚きました。

 「しかし、仏さまに向き合うときだけは、いつもの母に戻ってくれます」とも娘さんはおっしゃいました。

 あるとき、お参りを頼まれてNさんのお宅に伺いました。いつものようにおつとめをして後ろを振り返ると、Nさんが目にいっぱい涙をためてこちらを見ておられます。明らかにいつもと様子が違ったので、「どうかしましたか」と尋ねると、「もうダメです。つまらんようになりました」とおっしゃいました。

 私が初めて聞いたNさんの弱音でした。老いの道を歩み、病が進み、やがて死に向かっていくというのは、誰も例外がありません。阿弥陀さまならどう思われるだろうか。阿弥陀さまならどうおっしゃってくださるだろうか。そんなことが私の頭をよぎりました。

 人は自分の気持ちを相手に伝えようとするとき、その思いを言葉に託します。阿弥陀さまは、そのお心と自分の功徳のすべてを「なもあみだぶつ」の六字に凝縮なさって、私に救いを告げてくださっています。わずか六文字となられたのは、称(とな)えやすく、持(たも)ちやすくするためです。

 「安心しなさい。われにまかせよ、かならず救う。ここにいるよ、一人じゃないよ」と、よび続けてくださっているのです。

 私がこのようにお話を終えると、Nさんはいつものようににっこりほほ笑んでくださいました。この世の中にはたくさんの言葉が満ちあふれていますが、「なもあみだぶつ」ほどやさしく温かい言葉は他にないように思うのです。

(本願寺新報 2019年12月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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