読むお坊さんのお話

ののさまのお育て -生きる喜びと慚愧の気持ちを忘れずに-

河智 義邦(こうち よしくに)

岐阜聖徳学園大学教授 島根県邑南町・明賢寺住職

いのちの教育

 「手を合わせてください」
 「多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうをめぐまれました」
 「深くご恩を喜び、ありがたくいただきます」

 わが家における晩ごはんのはじまりの光景です。最初とその次のフレーズを、幼稚園の年長クラスの娘が、しばらく前から自主的に率先して言ってくれるようになりました。

 山間の過疎地域にあるお寺の住職を務めていますが、兼務する仕事の都合もあって、普段は家族とともにお寺を離れて生活をしています。そのため、坊守である妻とは、かねてからお寺の幼稚園に入園させたいと相談していました。そして入園してから3年近くが過ぎ、卒園を迎えようとしています。

 園の先生方には、人間性の土台を形成する幼児期に、豊かな情操を育む教育、いのちの教育をしていただいたことを有り難く感じています。そうした園での幼児教育・保育を、わたし流に「ののさま教育」と呼んでいます。

 「ののさま」とは、仏さまなど尊ぶべきものを指していう幼児語のことをいうと辞書にあります。私自身も幼いときに「ののさま教育」をいただいた一人です。

 そうした「ののさま教育」の根幹は、浄土真宗においては、いのちの真実を私どもに伝えてくださる阿弥陀さま(ののさま)の教えに出遇(あ)うことにあります。それはまた、先立ってその教えを依りどころとしている人を通して伝えられていきます。

 園の先生方に導かれ、日頃から「ののさま」の前で合掌する、念仏を申す、礼拝(らいはい)をする、仏教讚歌や食事のことばを唱和する、といった行為・形を通して、自然に「ののさま」の心が薫習(くんじゅう)していき、豊かな情操となっていくように思います。

 また、「いつもののさまが皆さん一人一人をご覧になっているよ」、その言葉によって、自分のいのちを大切に思える自尊感情が育まれ、他者とともに生活する上で欠かせない基本的な倫理道徳観にもつながっていると思います。

「もったいない」

 食事の光景に戻ります。自覚症状がないのですが、子どもから「食いしん坊」と言われています。

 以前、お魚を箸(はし)で取って口に運ぼうとしたとき、「それいのちだよね?」と娘に聞かれました。そして、お肉やお野菜を取ったときも、「それもいのちだよね?」と聞かれました。

 悪気があって言っているわけではないのでしょうが、言われた私は少しドキッとしつつも、「そ、そうだね」と答え、そんなことも言えるようになったんだなとうれしくもありました。

 「そうだね。みんないのちだね。人はそうしたいのちをいただかないと生きていけないから感謝していただこうね」と話しました。食前のことばが心に届いていることが伺えました。

 一方で私たちは、年間に多くの食品ロスを生んでいることは大いに反省すべきことです。また、食文化は大切ですが、大食いや早食いを競い合うテレビ番組が人気を得ている状況も憂うべきことではないかと思います。「もったいない」も、「ののさま教育」で大切にされています。

 金子みすゞさんの有名な「大漁」という作品があります。
  朝焼け小焼だ
  大漁だ
  大羽鰮(おおばいわし)の 大漁だ。
  浜は祭りの ようだけど
  海のなかでは 何万の
  鰮(いわし)のとむらいするだろう。
    (『金子みすゞ全集』)

 海の中での情景描写には、他者のいのちをいただいてしか生きていけない私たち人間の罪深さが柔らかに表現されているように見えます。

 親鸞聖人は、ご著書の中に『涅槃(ねはん)経』の「無慚愧(むざんぎ)は名(な)づけて人(にん)とせず」(註釈版聖典275ページ)の文(もん)を引用されています。

 人としての「まことの生き方」の基準を慚愧(ざんぎ)(申し訳ないと恥じる心)の有無に見ておられます。「ののさま」のお育てには、私たち大人も生きる中で見失いがちな「いのちの真実」の教えがすべて含まれています。「ののさま教育」をいただいて心からよかったと感じます。
 今後もいのちを生きる喜びと、慚愧の気持ちを忘れずにお念仏申しつつ、共に「まことの生き方」を大切にする人であり続け、仏になる道を歩みたいと思います。

(本願寺新報 2020年02月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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