読むお坊さんのお話

"臨終勤行"に出あって -浄土に生まれゆくいのちを生きる-

漢見 覚恵(あやみ かくえ)

布教使 滋賀県彦根市・純正寺住職

ビハーラをご縁に

 勝朗(かつろう)さんは、数年前から筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)(ALS)という、神経障害により全身の筋肉がやせて力がなくなる難病を患われていました。

 お元気な時は、よくお寺参りもされており、私の法話もよくお聴聞されていました。その際、私が「ビハーラ」のお話の中で、臨終の看取(みと)りに関わって傾聴活動をしていることをお話ししたのを覚えてくださっていて、私と話がしたいと連絡をくださったのです。病状はかなり重く、医師からは「もう1カ月は厳しい」と告げられていました。

 初めておうかがいする勝朗さんのお家。玄関で「ごめんください」と声をかけると、奥から勝朗さんのお連れ合いさんが、「無理をお願いして申し訳ありません」と出迎えてくださいました。

 お仏間であらためてご挨拶をし、「今日は、勝朗さんのお気持ちを聴かせていただきます」と言うと、「ごめんなさい、それは無理です。なぜなら、夫はもう話すことができないからです」とお連れ合いさん。

 いつもとは勝手が違う状況の中、勝朗さんのお部屋に案内されました。ベッドサイドに座って、「勝朗さん、純正寺の住職です」と言うと、驚いたような表情をされて、胸の前で手を合わせられました。どうやら、私が訪問することを、ご本人には内緒にされていたようでした。

 さて、いつもならご本人のお気持ちに耳を傾けさせていただくのですが、それがかなわないため、こちらからお話をしなければなりません。そこで、私は私の両親を看取らせていただいた時の、お念仏に包まれる中で、悲しくはあったけれど寂しくはなく、涙は出たけれど心は温かかった様子をお話ししました。

 半時間ほどお話ししますと、表情にお疲れが見えましたので、この日は帰ることにしました。帰り際、お連れ合いさんに、「今度はいつ来ればいいですか」とお尋ねしますと、少し驚かれた様子で、「では、一週間後でいかがですか」と遠慮がちに言われました。

「そのままでよい」

 次の金曜日、約束通りに訪問しますと、お連れ合いさんから、「今日は夫が〝信心〟についてお話が聞きたいと申しております」とうかがいましたので、勝朗さんに「信心がどうされたのですか」と尋ねました。

 勝朗さんは、胸の前にかざした「五十音」のパネルを人差し指で「あ・い・ま・い」と指(さ)されました。自分の信心は曖昧なのではと不安げな勝朗さんに、「私も勝朗さんと同じく曖昧です。でも、阿弥陀さまは私の心が曖昧なことを見抜かれたからこそ、南無阿弥陀仏となって『そのままで大丈夫』と、私にはたらき、包み込んでいてくださっているので安心ですよ。それが信心ですよ」とお話ししました。

 翌土曜日。勝朗さんは医師から「いつ呼吸が停止してもおかしくない」と言われる状況になっていました。でも、まだ意識はしっかりしている勝朗さんの枕元で、私は「勝朗さん、これからここで『仏説阿弥陀経』をゆっくり拝読します。一緒に最後のお聴聞をしましょうね」と「臨終勤行」をおつとめしました。

 翌日曜日。もう意識のない勝朗さんを、お連れ合いさんと3人の娘さん、2人の孫さんと私で見守っていました。

 長女さんが、お父さんの手を握りながら、「お父さんと手をつなぐのは、私の結婚式以来やね」と言うと、続いて次女さんが「私は、お父さんが私のお父さんで、本当によかった」と言われました。

 すると、三女さんが「われ今(いま)幸(さいわ)いに まことのみ法(のり)を聞いて 限りなきいのちをたまわり 如来の大悲にいだかれて 安らかに日々(にちにち)をおくる 謹(つつ)んで 深きめぐみをよろこび 尊きみ教えをいただきまつらん...。あっ覚えてたわ」と言って、お孫さんに、「お仏壇からお経の本を持ってきて」と伝えました。

 お孫さんが持ってきた聖典を開いて、勝朗さんを囲んでみんなで「らいはいのうた」をおつとめしました。そして、おつとめが終わった20分後、勝朗さんはご家族みんなに見守られながら、最後の一息を終えられて、お浄土にご往生されました。まさに「臨終勤行」となった最期のおつとめは、ご家族の「らいはいのうた」でした。

 お念仏に包まれて、お浄土に生まれ往(ゆ)くいのちを生きる。それは、言葉よりずっと、そう、生きた人の姿を通じて伝わっていくものなのですね。

(本願寺新報 2020年03月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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