読むお坊さんのお話

親鸞聖人いまさずは -親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要に向けて-

西原 祐治(にしはら ゆうじ)

仏教婦人会総連盟講師 千葉県柏市・西方寺住職

自覚症状がない私

 新型コロナウイルスの感染拡大で、ご法事を中止される方が相次いでいますが、そのさなかにあったご法事の時のことです。私はマスクをせずにおつとめをしましたが、法話はマスクをして話そうと思った時、ふと、一休さんの頓知(とんち)話を思い出しました。

 一休さんがまだ小僧の時のことです。和尚さんに本堂のローソクの火を消してきなさいと言われました。本堂でローソクの火を息で吹き消して帰ってくると、「どうやって消したのか」と聞かれたので「吹き消した」と答えました。すると「ローソクの向こうの仏さまに息がかかる。ばかもん」と叱られてしまったのです。

 そして次の日の朝、一休さんが一人だけ仏さまに背を向けておつとめをしています。和尚さんが何ごとかと尋ねると、「仏さまに息がかかっては申し訳ないので、後ろを向いています」と答えました。

 「息をかけてはならない」ということで、新型コロナウイルスと、人の息の不浄が重なって、一休さんの話を思い出したのでしょう。

 今回の感染症は、初期症状に自覚症状が無いことが特徴です。ふと、私を含め全ての人は必ず死ぬのに、死ぬという自覚症状を持たないままに過ごしている毎日に似ていると思いました。

 最近、漫画家・きくちゆうき氏がツイッター上で発表していた「100日後に死ぬワニ」が話題となっています。1日1話ずつ、毎日更新される4コママンガで、主人公であるワニが100日後に死んでしまうという設定です。

 ワニは自分がやがて死ぬということを知らないまま、当たり前の日常を過ごします。読者は「死まであと◯日」というカウントダウンを目にしてワニを見ます。当たり前の日常なのですが、〇日後には死ぬことを知っている読者は、ワニの行動が上滑りの生活を過ごしているような感覚を持ちます。その違和感が読者を引きつけるのでしょう。

 私たちの日常生活では、自覚症状のないことがたくさんあります。その自覚症状のないことの中で、人類をつらぬくもっとも重大なことは、「すべての衆生(しゅじょう)は、はかり知れない昔から今日この時にいたるまで、煩悩(ぼんのう)に汚(けが)れて清らかな心がなく、いつわりへつらうばかりでまことの心がない」(現代語版『教行信証』196ページ)ということでしょう。

 親鸞聖人によって、いまだかつて自覚されていなかった人類の闇の深さが明らかになったのです。

無数のいのちの涙

 箱根にある「生命の星・地球博物館」に、35億年前の地層から発見された「最古の生命化石」が展示されています。すでに光合成を営む少し進化したバクテリアです。以来、35億年、その生命体は一つの方向性をもって今日に至っています。その方向とは、弱肉強食、強くあれ、賢くあれという願いの中で環境に適応し今日に至ったのです。

 この弱肉強食の連鎖の背後には、弱く愚かに終わっていったいのちが無数にあったことは言うまでもないことです。また、強く賢く生き抜いた生命体も、自然の摂理や自然の猛威の中に虚(むな)しく終わっていきました。その弱く愚かに終わっていったいのちが流した涙は、大海の潮(うしお)よりも多いと経典(きょうてん)に示されています。

 「身より出(いだ)すところの血は四大海水(しだいかいすい)より多く」「命終(みょうじゅう)に哭泣(こっきゅう)して出(いだ)すところの目涙(なみだ)は四大海水より多し」
      (『涅槃経』)

 この大海のごとき苦しみと悲しみの涙の中に終わっていったいのちの中から、阿弥陀如来の慈しみが起こったと、親鸞聖人は、ご和讃に示されています。

  如来の作願(さがん)をたづぬれば
  苦悩の有情(うじょう)をすてずして
  回向(えこう)を首(しゅ)としたまひて
  大悲心をば成就せり
     (註釈版聖典606ページ)

 阿弥陀如来は、大海のごとき悲しみと苦しみの涙の中に終わっていったいのちに対して、〝強くあれ、賢くあれ〟と願うのをやめ、弱く愚かに終わっていったいのちをそのままに受け入れて仏と成さしめるという、大悲の如来となることを誓われたのです。

 親鸞聖人によって明らかにされた阿弥陀如来の慈しみの深さは、人類の抱えている闇の深さでもあります。

 深い闇の中で、その闇深いものを救うという阿弥陀さまに出遇(あ)う。ひとえに「親鸞聖人ご出世のご恩」です。

(本願寺新報 2020年05月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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