読むお坊さんのお話

末通る大きなこころ -見捨てることなく私をよび続ける阿弥陀さま-

柱本 惇(はしらもと じゅん)

ビハーラ本願寺 ビハーラ僧 京都市下京区・明覺寺衆徒

雨の日も風の日も

 私がある特別養護老人ホームに僧侶として勤めていた時の話です。阿弥陀さまがご安置されているその施設では、法話会の開催が主な役割でした。しかし、それだけではなく、入居されている方のお話を聞かせていただいたり、一緒に体操をしたり、将棋をしたり、その中で語ってくださるいろいろな思いに心を寄せる活動をしていました。

 そこで、あるご夫婦とのご縁がありました。

 70代男性の山口さん(仮称)は、施設に入居されて4年。奥さまが毎日、面会に来られていました。少し腰を曲げながら杖をついて、雨の日も風の日も、お一人で歩いて来られるお姿が、今でも脳裏(のうり)に焼き付いています。

 老人ホームですから、身の回りのことは基本的に介護職員が行いますが、奥さまは「できる限りのことをしたい」と、施設に来られて、ご主人の車いすを押して散歩に出かけたり、一緒にテレビを見たりして、「昨日はよく眠れた?」「今朝はなに食べたの?」と笑顔で声をかけながら一緒に過ごしておられました。

 しかし、ご主人は認知症で、全く言葉を発することはなく、奥さまのお声にも反応されません。それでも奥さまは毎日来られ、笑顔で話しかけておられました。

 ある日のことです。いつも通り奥さまと過ごしていた山口さんが、突然発作を起こして救急搬送、緊急入院。懸命な治療も及ばず、山口さんが施設に戻ることはありませんでした。一報を受けた私も世の無常を感じ、入居者の方々と共に手を合わせました。

 数日後、お通夜・お葬式を終えた奥さまが、施設に挨拶に来てくださいました。職員一人ひとりに声をかけてご主人との思い出を語り合う、あたたかな時間でした。そして私にも声をかけてくださいました。

いかに愛しくても

 「うちの主人が長い間お世話になりました」
 「こちらこそお世話になりました。奥さまが毎日来られてお話しされている姿を拝見していました」
 「いえ、お恥ずかしい...。結局大したことはしてあげられなかったです」
 「ご主人はうれしかったと思いますよ。奥さまは本当にご主人のことを愛しておられたんですね」

 そう言うと、奥さまの笑顔がどこか悲しそうな表情に変わっていきました。

 「ここで4年間お世話になりましたけど、心から面倒みてあげたいと思っていたのは最初の1カ月だけ。あとは毎日苦しかった。いつまで続くのか...早く終わらないかな...なんて思ってしまったこともありました」
 「そうだったんですか」
 「でもね、これじゃあだめだと思って、何とか主人のためにと頑張って来ていましたけど、すぐに自分の思いが出てきてしまって。だめですね、私は...」

 返す言葉がありませんでした。一心にご主人を思う奥さまの心の中は、葛藤(かっとう)でいっぱいだったのです。

 「今生(こんじょう)に、いかにいとほし不便(ふべん)とおもふとも、存知(ぞんじ)のごとくたすけがたければ、この慈悲始終(じひしじゅう)なし」
     (註釈版聖典834ページ)

 『歎異抄』の親鸞聖人のお言葉です。私たちがこのいのちを生きている限り、どれだけ愛する人のことを大切に思っても、その思いの通りにはならない。もちろんこれは奥さまのことだけでなく、私たち人間の慈悲には限界があるということです。身近な人への慈悲の心を保つことができずに、苦しんだり葛藤したりすることもあるのです。

 このような私の姿を見抜いて、「苦しみや葛藤を一人で背負っていく人生にはさせない」とはたらいてくださる仏さまが阿弥陀さまです。

 小さな慈悲しかない私。その慈悲ですら保てない私。そんな私に、「この阿弥陀が一緒にいるから、どうか安心しておくれ」と見捨てることなく、よび続けてくださっています。

 このような阿弥陀さまのお心を、私たちの小さな慈悲に対して「大慈悲(だいじひ)」とお讃えします。

 「しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心(だいじひしん)にて候(そうろ)ふべき」(同)

 私たちの小さな慈悲が絶対的に否定されるわけではありません。身近な人を大切に思う心は尊いものです。しかし、自らの慈悲の心の限界を知らされるからこそ、「末通(すえとお)りたる」阿弥陀さまの大慈悲のお心が有り難く感じられるのです。

(本願寺新報 2020年05月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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