読むお坊さんのお話

慈悲ってなんやろ -いつも私に寄り添ってくださる阿弥陀さま-

堀 祐彰(ほり ゆうしょう)

本願寺派総合研究所研究員 兵庫県尼崎市・西要寺住職

「大丈夫だよ」

 自坊では毎月法座をおつとめしていますが、平成7年に建った本堂が建築中の時には休座していました。その頃、自転車で本堂建築の様子を常に見に来られていたご門徒のおじいさんがおられました。

 その方はあまり話をされることもなく、いつも「おう、だいぶ建ってきたな」「屋根ができたな」などと言って帰っていかれました。しばらくして本堂が完成し、毎月の法座を再開しました。そのおじいさんは、法座の時はいつも阿弥陀さまの真正面でお聴聞されていました。

 法座が終わると、おじいさんは毎回のように「慈悲ってどういうことなんやろ?」とおっしゃいました。私はそのたびに「私たちをまるごと救ってくださるはたらきですよね」と答えると、決まって「母親の愛情に似ているよな」と言われました。おじいさんは、お聴聞を通して、仏さまのお慈悲を、母親から受けてきた愛情のように受け止められていました。

 母親の愛情とは、たとえば、小さい子どもが、しょぼんとして学校から帰ってきたら、母親は学校で何かショックを受けたことをいち早く感じとり、あたたかく迎えてくれます。そして、ウンウンと相づちをうちながら「大丈夫よ」と言って励まします。

 すると子どもは母親の愛情をそのまま受け取り、次の日も頑張っていこうという気持ちになります。

 阿弥陀さまも、人生には楽しいこと、つらいこと、さまざまなことがありますが、その楽しいことやつらいことも、私と同じように喜び苦しんでいてくださるのです。とてもつらくて、もうこれ以上頑張ることができないと思うことがありますが、阿弥陀さまはそのすべてをわかってくださり、南無阿弥陀仏の仏さまとなって私のもとに来て、「大丈夫だよ」とあたたかく包み込んでくださいます。その慈悲の心をそのまま受け取ることによって、私は安心をいただくのです。

若い頃の自分も

 仏さまの慈悲を、母親の愛情のように受け取っていかれたおじいさんは、一方で、息子さんに自分の思いが伝わらず、仏教に関心を持ってくれないことを歎(なげ)いておられました。仕事が忙しいと言い、仏壇に手をあわせることが少ない息子さんのことを非常に気にされていました。

 ただ、「息子がな...」とだけ言って、後の言葉を飲み込んでおられたこともありました。おじいさんは自分自身の若い頃の姿と重ねておられたのかもしれません。

 かつての自分も、仕事で疲れて帰宅すると、両親が仕事の話をウンウンと聞いてくれました。仏壇に手をあわすこともなく、ひたすら仕事の不満を両親にぶちまけていた、そのような自分であったけれども、そのまま受け止めてくれていた父親・母親のことを思い出し、仏さまの慈悲に似ていると感じていかれたのでした。

 親鸞聖人は、ご和讃に、
  釈迦・弥陀は慈悲の父母(ぶも)
  種々(しゅじゅ)に善巧(ぜんぎょう)方便し
  われらが無上の信心を
  発起(ほっき)せしめたまひけり
     (註釈版聖典591ページ)
と示されます。

 阿弥陀さま、お釈迦さまは、慈悲深い父母のような存在であり、あの手この手と巧みな手だてを施(ほどこ)し、私たちに他力の信心をお与えくださっているといわれます。

 おじいさんは、お聴聞を通して、両親のことを思いつつ仏さまの慈悲を受け取っていかれました。
 一方、息子さんのことを考えると、いろいろと言いたい気持ちになりながらも、かつて自分もそうであったなと振り返っておられたのでしょう。自分もさまざまなご縁を通して、いつの間にかお寺に行き、聴聞をするようになっていた。同じように息子に対しても、仏さまは種々に巧みな手だてでもって仏縁を与えてくださっていると、仏さまのお慈悲を受け止めていかれたことでしょう。

 そして、今このように感謝の日暮らしをさせていただいているのも、昔、両親から受けてきた愛情のように、あたたかく包み込んでくださっている仏さまのおかげであると受け止めていかれました。

 このおじいさんが往生されてから10年以上経ちますが、おじいさんが法座の後、繰り返し言われたことは、阿弥陀さまのお慈悲を言葉だけで受け止めていた私に深い味わいを伝えてくださいました。今、あらためて阿弥陀さまがこの私に寄り添ってくださっているというお慈悲の心を、より一層深く受け止めさせていただいております。

(本願寺新報 2020年06月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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