読むお坊さんのお話

親の思いに気づく -決して見捨てず、必ず救うという阿弥陀さまのお慈悲-

中西 正導(なかにし しょうどう)

布教使 滋賀県高島市・眞光寺衆徒

心によぎる思いで

 私は昨年2月、兵庫県にある宗門校で、法要の布教のご縁をいただきました。実はその学校は、住職である私の父が、教員として長年教壇に立ち、その後も理事や顧問として、一昨年まで45年以上もの間、通勤していた高校でした。

 父は寡黙(かもく)で真面目、仕事熱心で、学校までは約2時間かけて電車通勤していました。
阪神・淡路大震災の直後は、電車で神戸方面に向かい、途中から何時間もかけて歩いて通っていたのを今でも覚えています。しかし、その事実を知っていながらも、私がその苦労を感じることは長年ありませんでした。

 学校での布教当日、私は父が長年通った同じ電車で向かうことにしました。今でこそ2時間かからないものの、通勤ラッシュに揉(も)まれながら、「父はこんな状況で45年もの間、休まずに通勤していたのか。自分にはとてもできないな」と、初めてその苦労を思い知りました。

 幼少期に数回しか来たことのない学校の礼拝(らいはい)堂に入ると、不思議と父との昔の思い出が私の心によぎりました。それは、私が悪さをした時にはいつも、お寺の本堂の阿弥陀さまの前まで連れていき、正座をさせられて怒られたことや、父がお寺の修復や護持発展のために尽力していたこと、そして、「お念仏申していた父の姿」でした。

 学校での布教から一週間後、私は仏前結婚式を挙げました。式中に父の顔を見た途端、小さい頃、病気がちだった私のために病院を探したりしてくれていたなぁ、不眠症で苦しんでいた時、翌朝早くから仕事があるにもかかわらず、朝方までドライブに連れていってくれたなぁ、悩み苦しんでいた時、その思いを知って、〝お前と代わってやりたい〟と言って泣いてくれたなぁと、父との出来事が自分の心に思い起こされたのです。

 親とは、子どものためなら自分の苦労は気にもかけず、ただ子どものことを第一に考え、自分の事として引き受けるものだということを、お育ての感謝と、結ばれた仏縁をよろこぶ仏前での結婚式で初めて思えたのです。

救いの中にいる

 父とのこれまでのさまざまな出来事を通して、ようやく父の思いに気づくことができ、これまでの苦労にただ恩を感じ、申し訳なさと有り難さで胸がいっぱいになりました。思い起こされた父との思い出から、父が私に阿弥陀さまのお心にであってほしいという願いをかけてくれていたことを知らされたのです。そして、そんな私は阿弥陀さまのお慈悲の中にいて、いつどこにいても、どんな私であっても、途絶えることなく、阿弥陀さまは見捨てずにい続けてくださった、そう思い知ると涙があふれてきました。

 その有り難さを感じたとき、この私の口から「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と、お念仏があふれてくださったのです。

  十方微塵(じっぽうみじん)世界の
  念仏の衆生(しゅじょう)をみそなはし
  摂取(せっしゅ)してすてざれば
  阿弥陀となづけたてまつる
      (註釈版聖典571ページ)

 これは、あらゆる世界で、南無阿弥陀仏とお念仏申す者を、救いとって捨てることはないと誓ってくださった仏さまが阿弥陀さまである、とのお言葉です。

 私が父の思いを感じることができたのは、親さまと言われる阿弥陀さまの「決して見捨てず、抱(いだ)きとって必ず救う」という「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」のお慈悲のお心にであわせていただいたからです。知らず知らずのうちに、阿弥陀さまがお育てくださっていたからなのでしょう。

 そして、お寺のために尽力し、お念仏申していた父の姿も、同じ阿弥陀さまの「摂取不捨」のお心にであってきた姿であったといただけます。

 途絶えることのない阿弥陀さまのおはたらきこそが、なかなか気づこうともしなかったこの私を「お念仏申す身」へと育てあげてくださっていたのです。

 阿弥陀さまのかけてくださった願いやお心に背を向けてしまうことが、これからもあるに違いありません。しかし、阿弥陀さまの願いの込められた「南無阿弥陀仏」の六字のみ名が、今、お念仏となって途絶えることなく、この私とご一緒してくださっているのです。これが「〝摂取不捨〟の救いの中にいる」ということなのです。

(本願寺新報 2020年07月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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