読むお坊さんのお話

親鸞聖人いまさずは -親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要に向けて-

深水 顕真(ふかみず けんしん)

広島文教大学非常勤講師 広島県三次市・専正寺住職

本来の目的は?

 皆さんは「シラバス」という言葉をご存じですか? 通常は大学で用いる言葉で、講義要項とも言われます。教員は、それぞれの講義のテーマや内容などを非常に細かく書き込むことが求められます。そしてこのシラバスにおいて、学生たちの最大の関心事は、成績評価についての項目です。一般的には、出席での評価が何割、期末試験での評価が何割と、その評価の方法が具体的に記載されます。

 あるとき私は、真面目に授業に参加してほしいとの思いから、出席6割、試験4割と記載したことがあります。すると一人の学生が、「出席6割ということは、試験を受けなくても単位がもらえるのですか?」と聞いてきました。大学では6割以上で単位が認定されますが、あまりに素直な言葉にあきれてしまいました。

 そこで、次の年は出席4割、試験6割としました。すると今度は、「試験が満点だったら、出席しなくてもいいのですか?」と聞いてくるのです。

 なぜ、こんなことになるのかとじっくり考えてみたのですが、この学生は、単位を取ることだけが目的化してしまい、学ぶという本来の目的を見失っているということなのでしょう。できるだけ簡単に単位を取って卒業し、よい会社に就職する。よく思い出してみると、これは自分自身が大学生だったときにも考えていたことでした。

 前置きが長くなってしまいましたが、800年前、親鸞聖人が当時の最高の教育機関でもある比叡山で学び、修行されたときはどうだったのでしょうか。伴侶(はんりょ)であった恵信尼さまのお手紙には、その様子を知ることのできる言葉が残っています。

 そのお手紙によれば、親鸞聖人は「堂僧(どうそう)」(註釈版聖典814ページ)として、比叡山で修行三昧(ざんまい)の日々を過ごしておられたことがうかがえます。どうすれば仏に近づけるのか、そればかりに執心(しゅうしん)する苦行(くぎょう)の日々だったのでしょう。仮に成仏の方法論が示されれば、これで本当に仏になれるだろうかと苦悩し、あるいは反対に、これで仏に近づけるのではと慢心する。あたかも単位に執心する先ほどの学生のような心境にも通じるところがあったのではないかと私は拝察します。

 しかし、そうした修行三昧の日々に不信が起こってきます。釈尊の説かれた仏教は、すべての人を救う教えであるはずです。比叡山の中で成仏の方法論を模索(もさく)するだけのものではありません。仮に成仏の方法が厳しい修行であるのなら、それは一部のエリートだけのものとなり、一般の生活者は捨て置かれてしまいます。親鸞聖人の比叡山での20年は、成仏の方法論や修行に執心する自分の姿に気づくための時間であったように私には思われるのです。

 そんな日々を過ごされ、ついに親鸞聖人は比叡山を下り法然聖人のもとに行かれます。

 法然聖人の言葉は「ただ後世(ごせ)のことは、よき人にもあしきにも、おなじやうに生死(しょうじ)出(い)づべき道をば、ただ一すぢに仰(おお)せられ候(そうら)ひしを」(同811ページ)と、あらゆる人に阿弥陀仏の他力の救いを説くものでした。親鸞聖人はすべての生きとし生けるものを救うという阿弥陀仏の願いとはたらきにこそ、大乗仏教の至極(しごく)を見出されました。

800年の時を超えて

 では、800年の時間が過ぎた現在の私たちはどのように生きているのでしょうか?

 先ほどの学生のエピソードは、決して今どきの若者は、という話ではありません。目先の利益に終始し、本来の目的を忘れがちな人間そのものを示しています。優劣を競い、競争に勝ち、地位や名誉、財産だけを求めています。その姿は、親鸞聖人が生きておられた平安時代末期の混乱の世の中そのままです。その価値観の中では、現代の仏教もエリートのための単なる学問や社会的なたしなみへ閉塞(へいそく)してしまう恐れがあります。

 くしくも800年前、世の中には感染症が蔓延(まんえん)していました。そして今の社会も新型コロナウイルスという大きな病に向きあっています。従来の社会や経済の価値観が崩壊して死がより身近になる中で、親鸞聖人が示された道は今の私たちにもそのまま当てはまります。

 それは、すべてのものを漏(も)れなく救うという阿弥陀仏の本願力を依(よ)りどころに、この混乱した社会を生きることにほかなりません。
 どうすれば成仏できるかではなく、成仏できる身が何をするのかを求めていきましょう。

(本願寺新報 2020年09月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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