読むお坊さんのお話

隣のレジは早い -ついつい他人と比べては苦しむ私-

西川 正晃(にしかわ まさあき)

岐阜県聖徳学院大学教授 滋賀県彦根市・金光寺住職

お寺の掲示板大賞

 私が住職を務めるお寺の山門横に、伝道掲示板があります。月の初めには、その月の法語として皆さんにご紹介できるように心がけています。

 これまでたくさん紹介してきましたが、その中には掲示した直後から、とても反響が大きかったものがあります。

 それが「隣のレジは早い」です。

 お寺の例会や法事などでお目にかかった時だけではなく、道ですれ違った時でも、わざわざ立ち止まって多くの方が感想を話してくださるほどでした。

 「よくわかります。まったくその通りです」「昨日も、同じことを感じました」「私はいつもイライラしてますよ」など、どれも共感できるという内容ばかりでした。

 感想を伝えられたほとんどの方が、感想に続いて「いやぁ、よくわかるんですが、なぜお寺の掲示板に?」と不思議そうな顔をされ、首をかしげておられました。

 早く進むと思って並んだレジが、予想以上に時間がかかりイライラしたという経験が私自身も何度かあります。そんな私の経験から出た言葉ではなく、東京のあるお寺の掲示板に掲げられた言葉です。

 知るきっかけは、全国のお寺の掲示板に書かれた言葉を一堂に集め、大賞を決めるという「輝け! お寺の掲示板大賞」(仏教伝道協会)で、その受賞作品の一つです。

 受賞の講評では「日常に潜(ひそ)む苦を、パロディーの手法で見事に表現している作品ですね。こうやって、我々はいつも自分の心の中で苦を生産しているんだなと、レジの情景を思い描きながら心底実感させていただきました」と絶賛されていました。

 まさに、自己中心の生活を過ごすことで苦しむ私の姿を、誰もが経験する日常の中から切り取った秀逸な言葉が「隣のレジは早い」だったのです。

 最近は少なくなりましたが、建て付けが悪い引き戸を開け閉めすると、ガタピシと音がします。「ガタピシ」を漢字で書くと「我他彼此」となり、我と他、彼(かれ)(あれ)と此(これ)、人やものを比べだした途端にぎこちなくなることを表す言葉なのです。

 私たちは、自分中心な生き方をしてガタピシと音を立て、自分の心の中で苦を生産しています。自分の思い通りにならないことに直面すると、相手をうらやましく思ったり非難したりして、どちらであっても不快な気持ちになります。その不快な気持ちを音にたとえるとガタピシになるのです。

 不快なものを音にたとえるとよくわかるような気がします。苦とは、毎日の生活の中で起こる些細なできごとなのです。何も特別なものではなく、仏教で説く苦とは、「自分の思い通りにならない」ことなのです。この私がやろうとしていることが、思い通りにいかないところに苦が生じるのです。

 隣のレジは早いと思うのは、他人がすることを気にする自分がここにいるからです。もし自分が早く流れるレジにいたとしたら、相手をうらやみ批判する気持ちは起こりません。しかし、常に他人と比較して、どうして自分だけがと批判的な世界が広がってしまいます。現実ではそれが毎日くり返され、日常的に苦を生産している私なのです。

私らしく生かされ

 親鸞聖人はご和讃(わさん)の中で、
  一々(いちいち)のはなのなかよりは
  三十六百千億(さんじゅうろっぴゃくせんおく)の
  光明てらしてほがらかに
  いたらぬところはさらになし
  (註釈版聖典563ページ)
 とうたわれています。

 お浄土の池に咲き誇る蓮の華の一つひとつから、青・白・黒・黄・朱・紫の六色の光があちらこちらに映り、お互いに色をひき立たせて三十六色となり、それらが百千億の無数の光を放ちます。無数の光はすがすがしく、その光が届かないところはどこにもありませんという意味です。

 このご和讃をいただくと、この光はそれぞれ自分勝手な輝きではなく、周りとの関係性の中に生き、阿弥陀さまの願いによって生かされている姿や風景であることに気づかされます。それは、私が私らしく輝くことができる世界であり、それを認め合い、自分だけでなく全ての人が幸せになることができる世界がここにあると親鸞聖人はお示しくださっていると思うのです。

 ついつい他人と比べては苦しむ私ではありますが、多くの方とかかわりをもちながら自分らしく輝くことができる世界に導かれているのです。

 そう味わわせていただくと、隣のレジが早くても、少しだけ穏やかな気持ちで過ごせるような気がしてきました。

(本願寺新報 2020年10月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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