読むお坊さんのお話

大慈悲の中に生かされて -浄土に生まれてゆく今をいのちいっぱい生きる-

漢見 覚恵(あやみ かくえ)

布教使 滋賀県彦根市・純正寺住職

自分の事は後回し

 浄土真宗とは、南無阿弥陀仏を聞き称(とな)えながらお浄土に向かう人生を歩む教えです。南無阿弥陀仏を聞き称えつつ生きる人には、二つのご利益(りやく)があります。一つには、命終わった時、ただちにお浄土に生まれ、同時にさとりを開いて仏になること。二つには、お浄土に生まれ往(ゆ)く今を、仏の大慈悲の中でいのちいっぱい生きていけることです。

 私は今年55歳になりました。55歳という年齢は、私にとってこれまで生きてきた中で最も意味深い年齢です。なぜなら、今から30年前に父が、22年前に母が、それぞれ往生した時の年齢が55歳だったからです。いつの頃からか無意識に、私は55歳という年齢を強く意識するようになっていました。そして今月、母の23回目の祥月命日のご法事をおつとめさせていただきます。

 私の母は、祖母が早くに往生した男所帯のお寺に、21歳の時に嫁いできました。それ以来、母は坊守、嫁、妻、母として、自分のことはいつも後回しにして懸命に生きてきました。そして、私たち子どもが成人する前後、立て続けに私の祖父と父が往生しました。私は「これからは、母もようやく自分のために少しは時間を使えるようになるだろう」と思いました。

 しかし、それどころか母は地域の人々を支えるボランティア職をいくつも引き受けて、相変わらず自分のことは後回しで、他の人のために多用な毎日を過ごすのでした。

 そんな母が急に「背中が激しく痛い」と言うので病院を受診すると、「肺に腫瘍(しゅよう)があるようです。このまま、すぐに入院してください。そして、できるだけ早く手術を受けていただきます」と言われました。そして、母は即入院することとなり、直ちに手術のための検査を受けました。

 数日後、結果を聞きに病院へ行くと、医師からは「肺の腫瘍は、残念ながらすでに脳にもリンパにも骨にも転移していて、もう手術はできないと判断しましたので、抗がん剤の投与と放射線照射に治療方針を変更します」と言われました。

 私は、あまりにも予想外の結果にぼう然となりました。しかし、母はまるで他人事のように医師の説明を聞き、そして「こうなったら、もう阿弥陀さまとお医者さまにお任(まか)せするほかないね」と静かに言いました。

死にもあらがわず

 それから3カ月間、母は髪が全て抜けてしまうほどのつらい治療を受け、そして退院しました。もちろん、病気は治癒などしていません。もうこれ以上何もできない故(ゆえ)の退院です。ですから、私はとても喜ぶことなどできませんでした。しかし、母は入院中に落ちてしまった体力を少しでも早く取り戻そうと懸命に努力し、秋には報恩講を元気におつとめすることができました。しかし、それはまるでろうそくが燃え尽きる前に少しだけ炎が大きくなるのに似ていました。間もなく、母は左半身が動かなくなりました。転移した脳腫瘍が再び広がりだしたのでした。

 12月に入ると、母の体はもう首から下が動かなくなり、仏間のベッドに寝たまま、ほぼ1日眠るようになりました。往生の3日前、母の様子を見に行くと、母は目を覚(さ)ましていました。私は母に尋ねました。「母さん、臨終勤行(りんじゅうごんぎょう)をおつとめしようか」と。母はわずかな笑顔でうなずきました。母も私も、臨終勤行は今生(こんじょう)最後のお礼のおつとめとお聴聞だということを父から教わっていたのです。

 そしてその3日後、母は住み慣れたお寺の庫裏の仏間で、子どもや孫や姉妹たちに囲まれて、静かに往生しました。私は、お念仏の大慈悲の中で、自分のことをいつも後回しにして、病や死にもあらがわずに生き切った、母の55年のいのちに「母さん、ありがとう」と言わずにはいられませんでした。

 親鸞さまが晩年、ご門弟の有(ゆう)阿弥陀仏さまに宛てたお手紙の中に「この身(み)は、いまは、としきはまりて候(そうら)へば、さだめてさきだちて往生(おうじょう)し候(そうら)はんずれば、浄土(じょうど)にてかならずかならずまちまゐらせ候(そうろ)ふべし」(註釈版聖典785ページ)とあります。

 「私は、お念仏のはたらきによって、あなたより先にお浄土に往生させていただきます。そして、あなたがお生まれになるのを楽しみに心待ちにしております」とのお言葉は、有阿弥陀仏さまにとってどれだけ生きる力になったことでしょう。

 そして私も、お浄土で待っていてくれている両親に再会した時に、両親に恥ずかしくて顔向けできないような人生は生きられないという思いを、お念仏の大慈悲の中にいただいて今を生きているのです。

(本願寺新報 2020年12月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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