読むお坊さんのお話

もう一人の「自分」 -「自分」をつねにやさしく見まもることができる存在-

西原 祐治(にしはら ゆうじ)

仏教婦人会総連盟講師 千葉県柏市・西方寺住職

煩悩いっぱいの私

 コロナ禍で、自殺者が増加しています。今年、7回忌を迎える大阪大学名誉教授の大村英昭先生の最新刊に『新自殺論―自己イメージから自殺を読み解く社会学』があります。昨年5月の刊行で、「余命2年を宣告されて2年が経つ」とあるので、最晩年につづられたものと思われます。

 世間では自殺の原因はいろいろ語られています。貧困や失業、離婚、病気、争いごとなどに原因を求めていますが、この本では、自殺の内的要因を指摘しています。

 その中で特に自尊心を深く傷つけられるような体験が引き金になっているのではないかと述べられた上で、「どんな『自分』を演じようと周囲の期待とは別に、それらの『自分』をつねにやさしく見守ることができる、もう一人の(観客としての)『自分』を養うことである」と提唱されています。

 つまり、傷ついた私を、やさしく見守ることのできるもう一人の「自分」を養う必要性を説かれています。浄土真宗のみ教えも「自身はこれ煩悩(ぼんのう)を具足(ぐそく)せる凡夫(ぼんぶ)」(善導大師(ぜんどうだいし)の言葉)という自分を見つめる、もう一つのまなざしを説いています。

 具足とは、十分にそなわっていることです。自分が「煩悩を具足せる凡夫」であると、私の本質が明らかになる。これは、阿弥陀さまの光明に照らされて明らかになることです。

  『浄土和讃(わさん)』に、

  弥陀成仏(みだじょうぶつ)のこのかたは
   いまに十劫(じっこう)をへたまへり
   法身(ほっしん)の光輪(こうりん)きはもなく
   世(せ)の盲冥(もうみょう)をてらすなり
          (註釈版聖典557ページ)
とあります。

 盲冥とは、真実の道理にくらいことです。「世の盲冥をてらすなり」とは、阿弥陀さまの光明は、私たちすべての者が「煩悩を具足せる凡夫」であることを明らかにするはたらきであり、その煩悩を具足せる凡夫を救うというのが阿弥陀仏のおさとりの内容です。

 自分の愚かさが明らかになるみ光は、私の経験や理性からではなく、この私をかけがえのない存在として受け入れてくださる存在から届けられるようです。

「母へ 父へ」

 以前、ある少年院の生徒たちの思いをつづった作品集をいただきました。題に「母へ父へ」と記されています。

 最初の項の初頭にSさんの言葉があります。

 「母さん、お元気でしょうか。あんなに嫌いだった煮物が食べたいです。帰ったら作ってください」

 普段のあいも変わらない食卓の煮物。その煮物には、母の愛情がいっぱい詰まっていたことに初めて気づきます。施設での生活はSさんにとって、母のあたたかさを知る大切な環境のようです。家に帰ったらきっと、煮物として届けられている母との絆(きずな)が、Sさんを悪から護ってくれることでしょう。

 Tさんは、父への思いをつづっています。

 「どんな思いで審判の席に座っていたのか。どんな思いで、『少年院で頑張ってこい』と言ったのか。本当にごめんなさい」

 願われている自分に気づくということがあります。父や母のまなざしの中にある私の存在への気づきです。自分を傷つけることは、自分をかけがえのない人であると愛してくれている父を悲しませること。その父を悲しませたことへの懺悔の「ごめんなさい」なのでしょう。

 次はMさんの詩です。

 「ほほこけし 母の笑顔のさびしさに 血のにじむまで唇(きちびる)をかむ」

 定期的に母親の面会があり、ふくよかだった母のほほはやつれ、笑顔にも寂しさがただよっている。「私が罪を犯したので母を悲しませている」。それが「血のにじむまで唇をかむ」という動作になったのでしょう。母の悲しむ姿の中に、自分の犯した罪の深さを知ったのです。母の慈(いつく)しみの中にある自分が明らかになる。それは自分の愚かさを認めることでもあります。

 私は「煩悩を具足せる凡夫」であると明らかになる。それは、阿弥陀仏に無条件に救われなければならない存在であることが明らかになることです。南無阿弥陀仏の名号は、その凡夫の私を摂(おさ)め取ったという阿弥陀仏の名のりであり、弥陀成仏の証(あかし)なのです。

(本願寺新報 2021年07月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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