読むお坊さんのお話

悲しみの向こうがわ -今ここを生きる私に阿弥陀さまはご一緒に-

舟川 智也(ふなかわ ともや)

布教使 福岡県行橋市・両徳寺住職

誰か聞いてほしい

 皆さんは、お坊さんにどんなイメージを持たれていますか? おそらく一番最初に思い浮かぶのは葬儀の場面だと思います。そこから「お坊さん=死」というイメージを強く持たれているようです。それもあってか、今度は阿弥陀さまのイメージは? と聞いてみると、「死んだあと世話になる方」という思いが強くあるようです。でも、阿弥陀さまと出遇(あ)わせていただくのは今なんですよ!

 30代の息子さんを亡くされたことをきっかけに、お寺とご縁を結んでくださったご家族がありました。ある時、ご主人がこんなお話を聞かせてくださいました。

 「息子の通夜・葬儀の時、私は泣けませんでした。それは、妻や娘が泣き崩れていたからです。こんな時だからこそ、みんなを支えるためにも自分はしっかりとしていなくちゃいけないと思ったからです。それから時が経ち、百か日(にち)を終えた頃になると、悲しみに沈んでいた家族一人ひとりも、少しずつ日常を取り戻し始めました。そして、家族全体が少し落ち着きを取り戻し始めた時、私はいよいよ自分の中に抱えていた悲しみと向き合う番になりました。

 すると、自分でも想像していなかった大きな大きな悲しみが自分の中にあるじゃないですか。あまりにもつらくてね...。自分一人では抱えきれないから、誰かに聞いてもらいたい。そんな気持ちになりました。でもね、いざ話そうと思うと、誰が自分の話を親身になって聞いてくれるだろうか? 考えてみたら、安心して胸の内を打ち明けることができる人ってなかなかいないんです。考えても仕方ないから、せいぜい仕事に精を出して、そして時が過ぎ去るのを待つ。それしかできることはないんですかねぇ。それしか...」

 私はこの言葉を聞いた時に感じました。「口に出さないだけでこの方と同じような思いを抱えて生きている人は、世の中にたくさんいるんだろうな。どうせ誰もわかってくれない。だから耐え忍びながら生きていくしかない、との思いで生きている人はたくさんいるのだな」と。

一人じゃなかった

 親鸞聖人は、阿弥陀さまのお心を、

  如来(にょらい)の作願(さがん)をたづぬれば
  苦悩の有情(うじょう)をすてずして
  回向(えこう)を首(しゅ)としたまひて
  大悲心(だいひしん)をば成就(じょうじゅ)せり
     (註釈版聖典606ページ)

とうたわれています。

 阿弥陀さまがなぜ願いを起こされたのか? それは苦悩の中にしか生きていけない私たちの姿をご覧になられたからです。その見抜かれた苦悩とは、友人・知人にちょっとグチをこぼしてやり過ごすことのできる悩み・苦しみではなく、誰にもわかってもらえない、ひとり心の中にしまい込んでいる苦悩です。

 その苦悩を見抜いたからこそ、捨ててはおけないと立ち上がり、この私のために大悲のお心を成就してくださったのが阿弥陀さまです。その成就したすがたが「ナモアミダブツ」のお念仏です。お念仏は、一人じゃないよ、わかっているよ、共にいるよ、との阿弥陀さまのみ声なのです。

 先ほど紹介したご主人は、この日をきっかけにお仏壇を迎え、ご家族と法座に、そして壮年会にも参加しながら日々を過ごされています。ある日、月参りでうかがった時、こんな一言をおっしゃってくださいました。

 「息子が亡くなるまでは、お寺にお参りしている自分の姿なんて想像もしませんでした。でも、今の私たち家族にとっては大切な時間になりました。お寺にお参りしても悲しみがなくなるわけではありません。でも、本堂に座っていると思うんです。自分だけじゃなかったと。周りを見れば、自分と同じ思いを抱えている人がこんなにたくさんいたんだと知らされます。あの人も、この人も、みんな悲しみを抱えながらこうして生きているんだ、私だけじゃなかったと感じます。ご講師の先生の話を聞いても、阿弥陀さまがご一緒とお話してくださいます。一人じゃなかった。そのことが悲しみの解決というわけではないかもしれません。でも、この時間があるのとないのとでは大違いです。お寺で過ごす時間は、私たちにとっては、今一番大切にしている時間になっています」

 悲しみを縁としながら、今を生きる私が出遇わせていただく方が阿弥陀さまなんです。寂しくなったら、つらくなったら、お念仏申してみましょう。阿弥陀さまは今ここを生きる私にご一緒してくださっていますよ。

(本願寺新報 2021年08月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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