読むお坊さんのお話

世のなか安穏なれ -自分に都合のよい平和を求める限り平和は訪れない-

貫名 譲(ぬきな ゆずる)

大阪大谷大学教授 広島市・浄満寺住職

平和とはなにか

 今年も桜の季節となりました。しばし桜の花を眺めていると、春の陽気も相まって穏(おだ)やかな気持ちになります。しかし、世界に目を転じますと、東欧の地域では悲しい情勢が連日続いています。ご本山や龍谷大学をはじめ、宗派や宗教を超えて、また企業や自治体などさまざまな方面から、平和を願う声が次々と上がっています。1日でも早く、東欧の地に平穏な日々が戻ってくることを願うばかりです。

 大学の私のゼミでは、「平和」をテーマに掲げて卒論に取り組みたいと、私のゼミを希望して入ってくる学生が近年増えています。 「原爆」「核兵器」「特攻隊」など、内容は多岐にわたりますが、それぞれのゼミ生が「平和とは何か」を探究しています。ほとんどが近畿圏在住の学生たちです。

 今と同様に第二次世界大戦の時も、みんなが安心して暮らせる世の中を願っていたはずですが、それにもかかわらずなぜ多くの命が失われることになったのか、広島・長崎や鹿児島などを実際に訪ねて、資料館で展示を見たり、現地の方々にお話しを聞いたりしたことを紹介しながら、ゼミ生同士でいろんな考え方を語り合い議論を展開しています。

 ところで、本当に争いのない世の中は実現できるのでしょうか。そもそも、なぜ争いが起きるのでしょうか。争いとは、戦争に限りません。私たちの身近なところにも日々争いはあります。

 たとえば兄弟げんかや夫婦げんかがそうです。それら争いの根本には決まって「私が正しい、相手が間違っている」とする独(ひろ)り善(よ)がりな言動が見受けられます。

 私の周りにあるものすべてが、私と同じでないと気がすまないのです。しかし、私たちはみんなバラバラです。姿形がそれぞれ違うように、ものの見方や考え方も人それぞれ異なります。

 『阿弥陀経』には「青い蓮は青い光を、黄色い蓮は黄色い光を、赤い蓮は赤い光を、白い蓮は白い光を放ち、いずれも美しく、その香りは気高く清らかである」(意訳)と説かれています。このようにバラバラな者同士が、お互いに相手を認め合い、それぞれが美しく、気高く輝ける世界が、本当に穏やかな世界と言えます。それはどのようにしたら築けるのでしょうか。

讃嘆と懺悔が一つ

 浄土真宗の七高僧の第五祖、中国の善導(ぜんどう)大師が著された『往生礼讃(おうじょうらいさん)』には、阿弥陀仏に対する「礼讃(らいさん)」が示されています。礼讃とは、礼拝(らいはい)と讃嘆(さんだん)(ほめたたえること)ですが、「礼懺(らいさん)」も示されています。礼懺とは礼拝と懺悔(さんげ)(悔い改めること)です。

 阿弥陀仏を礼拝する心は、自己を懺悔する心から起こります。したがって「南無阿弥陀仏」のお念仏には、阿弥陀仏の徳を讃嘆する心と、自己の愚かさを懺悔する心が一つになっています。讃嘆と懺悔は表裏一体であると善導大師はお示しくださいました。

 その善導大師のお心をうけられた親鸞聖人は、自らを「愚禿(ぐとく)」と表されました。禿とは僧の謙称です。「愚禿」には、阿弥陀仏をたのみとされる中であらわとなった親鸞聖人ご自身の懺悔(さんげ)のお心が表されています。

 また、親鸞聖人はお手紙に「世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ」(註釈版聖典784ページ)と記されています。

 私たちは自らを基準として物事の善し悪しを判断してしまいがちです。ですから争いが絶えないのです。平穏な世の中を実現するために、私たちにできることがあるとすれば、常に阿弥陀仏のみ教えを依りどころとし、煩悩(ぼんのう)成就の凡夫(ぼんぶ)としての私のすがたをごまかさずに受けとめていくことです。相手の徳を讃(たた)え(讃嘆(さんだん))、自らの過(あやま)ちを悔い改める心(懺悔(さんげ))が、独善的になりがちな私を諫(いさ)め、争いを好まない私へと変えてくれるのではないでしょうか。

 今日も桜並木をくぐって、広島平和記念公園まで散歩してきました。春の穏やかな風にあたりながら、あらためて世の中すべての者が安穏に暮らせる日が早く訪れてほしいと願わずにはいられませんでした。

 いま私にできることが何かあるかと尋ねられても答えに苦慮しますが、阿弥陀仏のみ教えを依りどころに生きようと努める中で、「平和」とは何かが明らかとなってくると思っています。

 ただ、「自分にとって都合のよい平和を求める限り本当の平和は訪れない」ということだけは、ゼミが再開したら真っ先に学生に伝えようと思います。

(本願寺新報 2022年04月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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