読むお坊さんのお話

恩徳讃の思い出 -今この私のいのちに満ちる南無阿弥陀仏-

花岡 静人(はなおか しずと)

布教使 奈良県吉野町・勝光寺住職

"希望の歌"

 幼い頃、本堂で母と祖母の間に座ってご法話を聞きながら、私の頭の中は、ただ一刻も早くこの状態から解放されたいという思いばかりでした。5分でさえ長いと思う頃ですから、無限に続くように感じました。しかも、足はしびれてなお痛み、それと眠気との戦いが延々と続く時間でした。しかし、「♪にょ~ら~いだいひの」を歌ったら、その長い苦痛に満ちた時間が終了するのです。その頃の私にとって「恩徳讃(おんどくさん)」は希望の歌でした。

  如来大悲(にょらいだいひ)の恩徳(おんどく)は
  身(み)を粉(こ)にしても報(ほう)ずべし
  師主知識(ししゅちしき)の恩徳(おんどく)も
  ほねをくだきても謝すべし
    (註釈版聖典典610ページ)

 ある時、「四字熟語について調べる」という宿題がありました。『故事成語辞典』があったので調べてみると、たまたま「粉骨砕身(ふんこつさいしん)」という四字熟語を見つけたのです。

 「骨を粉にし、身をくだくほどに力の限り努力する」という意味の説明を読みながら、頭の中に浮かんできたのは「恩徳讃」でした。それ以来、希望の歌が厳しい歌に変わってしまったのです。

 なにせ「努力」という言葉さえ苦手な私です。なのに、「身を粉にしても...、骨をくだきても...」となると、「そんな無茶をいわれても」と思ったわけです。それまで私が勝手にもっていた「優しい親鸞聖人」という印象まで変わり、とんでもなく厳しい方になってしまいました。

 ところで、「粉骨砕身」は「骨を粉にし、身を砕く」となっています。しかし、恩徳讃は「身を粉にし、骨を砕く」で、順番、組み合わせが反対です。もちろん、言葉が逆であっても意味が変わるわけではありません。でも、なぜこの順番なのかという問いが、私にとって「恩徳讃」のお心を深く訪ねるご縁となりました。

 同じようなお言葉は、法然聖人のお弟子で、親鸞聖人が大変尊敬された聖覚法印(せいかくほういん)も記されています。でも、やはり「骨を粉にし、身をくだく」、つまり「粉骨砕身」なのです。

 調べてみると、「恩徳讃」と同様に「身を粉にし骨を砕きて」(註釈版聖典七祖篇637ページ)というお言葉でお示しくださった方がいらっしゃいました。親鸞聖人の恩師・法然聖人が「この方お一人」と仰がれた善導(ぜんどう)大師です。おそらく、善導大師のお言葉を大切にされ「恩徳讃」をおつくりくださったのでしょう。

 そう味わわせていただくと、今度はこのご和讃に出てくる「報ずべし」「謝すべし」の「べし」の語感まで変わってきました。それまでは親鸞聖人から私が命じられているという感じでしたが、善導大師から親鸞聖人に、あるいは親鸞聖人ご自身が「そうせずにはいられません」という意味の「べし」として響いてくるようになりました。

"よろこびの歌"

 「恩徳讃」は『正像末(しょうぞうまつ)和讃』という親鸞聖人86歳の時にまとめられたご和讃におさめられた一首です。

 実は、その少し前、聖人84歳の時に、ご子息の善鸞の義絶という大きな出来事がありました。八十代も半ば、最も信頼し期待していたわが子に裏切られる。いえ、むしろ、その愛しく大切なわが子をどうにもできず、義絶するしかなかった聖人の悲しみと痛みはいかほどであったか...。

 それほどの悲しみと痛みの深淵(しんえん)の中で「恩徳讃」はつくられているのです。そのことを知らされた時、また「恩徳讃」が違って響くようになりました。出会いたくはないけれど、この身を粉にされるような、骨を砕かれるような悲しみ痛みに出会っていくしかないのが、娑婆(しゃば)(忍土(にんど))に身をおくということでしょう。

 親鸞聖人が「如来大悲の恩徳は」と仰がれた南無阿弥陀仏は、今この私のいのちに満ち満ちて、口からお念仏となってくださる如来さまです。私を背負い続け、浄土に生まれさせて、さとりの身にしてくださる如来さまです。

 私をお救いくださるために、先に身を粉にし、骨を砕いて、ご苦労くださった如来さまなのです。そして、そのお救いを、私のために身を粉にし、骨を砕いてお伝えくださったのが「師主知識の恩徳」です。

 「恩徳讃」は、よろこびの歌です。いくらこの身を粉にしても、骨を砕いても、とうてい足りないほどの「南無阿弥陀仏」に出遇(あ)わせていただいている、この上もないよろこびの歌なのです。

 今、「恩徳讃」は私にとって、幼き頃とはまったく違う意味で希望の歌です。そして何より、この上もないよろこびの歌となっています。

(本願寺新報 2022年05月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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