本当の私の姿 -新型コロナウイルスに感染したことを通して-
竹本 憲
広島市佐伯区・善正寺住職

第2波の中で
今から2年前の7月末、私の携帯電話に保健所から連絡がありました。「PCR検査の結果、新型コロナの陽性反応が見られました」。体調が悪く、念のために受けた検査でまさかの陽性でした。「自分が新型コロナに感染するなんて」「一体どこで感染したのか」という思いがこみ上げてきました。同時に、「家族や、私と接触があった方がどうか陰性であってほしい」と願うばかりでした。
翌日、入院した私に連絡が入りました。「全員陰性」。ほっとしました。しかし、ここから大変なのが、新型コロナなのかもしれません。
濃厚接触者と認定された家族は、8月中旬までの2週間、自宅待機です。わが家の全員が外に出ることができないため、予定していたすべての法務をお断りするよりほかはありませんでした。家族が一軒一軒に電話し、事情を説明して断ってくれました。病室で動けない私は、法事を予定されていたご門徒の皆さんへの申し訳なさと、大切な仏縁を断ち切ってしまったという忸怩(じくじ)たる思いで、独り罪悪感にさいなまれていました。
そればかりではありませんでした。いわゆる第2波の中でした。今でもありますが、当時は感染者やその家族への風当たりは非常に強かった時期でした。私たちも例外ではありませんでした。「怖くて寺の前の道が通れんわ」「新型コロナに感染したような住職にはお参りしてほしくない」といった言葉が少なからず耳に入ってきました。病気になった上に、浴びせられるつらい言葉の数々。とてつもない疎外感を感じました。こうした言葉は、私が退院してからも続きました。
でも、多くの優しさにも出会いました。先輩僧侶や友人から励ましの言葉をたくさんいただきました。外出できない家族のために、食材と心のこもった手紙や花束を添えて、玄関先まで届けてくださったお寺さんもありました。
8月に法事を予定されていたご門徒の女性からは「お参りは、住職さんが良くなられてからで大丈夫です。良くなられるまで、いつまでも待っていますから」というお言葉をいただきました。
そうした優しさに触れ、病室から手を合わせずにはおれませんでした。そして、病院の方々のおかげで退院することができました。
ただただ「怖い」
お念仏の教えは、常にわが身を通して聞いていくものです。わが身を離れての教えはありません。ですから、教えに触れることで、本当の私の姿があきらかになっていきます。新型コロナの感染で、私の姿が恥ずかしいほど見えてきました。
退院した後、厳しい言葉を浴びせる人や、私の姿を見ると飛んで逃げていくような人に出会った時のことです。その人たちの気持ちを推し量ることはできませんが、私の心の奥は怒りと憎しみの炎が燃え盛りました。「なんで、そんなことを言うんだ」と。入院中に、多くの優しさに出会ったにもかかわらず、そうした言動に出会うたびに、怒りや憎しみのほうが勝ってしまうのです。その炎は消えるどころか、次々と燃え盛っていくのでした。親鸞聖人のお言葉に「『凡夫(ぼんぶ)』といふは、無明煩悩(むみょうぼんのう)われらが身(み)にみちみちて、欲(よく)もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終(りんじゅう)の一念(いちねん)にいたるまで、とどまらず、きえず、たえず」(註釈版聖典693ページ)とありますが、まさに私の姿でした。
もっと恥ずかしいことを告白します。入院中の夜中でした。突然息が苦しくなり、薬を処方してもらいましたが、息苦しさは改善せず、翌朝まで一睡もできませんでした。その時、「大丈夫。私には阿弥陀さまがついておられる。南無阿弥陀仏」とお念仏申し、安心した時間を過ごすことができたかというと、そうではありません。日頃「いつでも、どこでもお念仏を申しましょう」と言っている私なのに、お念仏はなく、ただ「苦しい、怖い」だけでした。聖人の「いささか所労(しょろう)のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩(ぼんのう)の所為(しょい)なり」(同837ページ)というお言葉のままでした。
恥ずかしいかぎりです。でも、もし私がお念仏の教えに出遇(あ)っていなければ、自分にしがみつくばかりで、私のありのままの姿、本当の私の姿に気づかされることすらなかったことでしょう。そして、煩悩に翻弄(ほんろう)されている私がそのまま、阿弥陀さまに摂取(せっしゅ)される身であると気づかせていただく有り難いご縁となりました。
(本願寺新報 2022年08月10日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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