読むお坊さんのお話

浄土真宗でよかった -いつでもどこでも抱きしめられている-

松岡満優(まつおかまんゆう)

布教使 群馬県富岡市・蓮照寺住職

それなら安心ね

 7月の末に、「7年前の今週」という題で、スマートフォンに写真が送られてきました。スマホの機能のひとつに、自分で撮った写真が1年後、2年後と忘れた頃に送られてくるというものがあります。
 「7年前の今週」と題した写真は、花に埋もれた娘の唯(ゆい)の写真でした。棺(ひつぎ)いっぱいの花の中に眠るように目を閉じて横たわる唯。写真を見て、「教えてもらわなくても、忘れるはずがない。今日も家族で手を合わせておつとめしたよ」とつぶやきました。
 7年前の7月21日午前4時20分、唯は5歳6カ月と2週間の人生を終えました。同時に、生まれた時から付き合ってきた「メチルマロン酸血症」という病気と別れることができました。
 唯が息を引き取った時、妻は病院に向かっていましたが、間に合いませんでした。生後2週間の息子とともに、実家に帰っていたのです。
 病室に入るなり、妻は「唯ちゃん、ごめんね。間に合わなかったね」と、ほほ笑みながら涙を流して床に座り込んでしまいました。
 「唯が入院する時は、いつも付き添っていたのに...。唯が寂しがるから、いつもそばにいたのに...。唯はどうして私がいないところで死んでいかなければならないの...」
 そう独り言のようにつぶやく妻に私は「そうかぁ、今な、唯が息を引き取った時、唯ちゃん、阿弥陀如来という仏さまが唯ちゃんのことを、しっかり抱きしめてくださるから心配しなくていいんだよって言っておいたからね」と涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃになった顔で、絞り出すように言いました。
 妻は「それなら安心ね」と一瞬、明るい顔になってくれました。
 「ご自分で産んだお子さんを亡くされる悲しみは壮絶です。お父さん、どうか奥さんのささえになってあげてください」と、医師から病院を出る時に言われました。
 妻と唯、そして、この娑婆(しゃば)に生まれたばかりの龍真(りゅうしん)を車に乗せて自坊へと向かいました。
 「ささえてあげてくださいと言われても、こっちが崩れ落ちそうだ」と思っていると、妻が「おとうちゃん、浄土真宗でよかったね。お念仏いただいていてよかったね」と、私を励ますように言ってくれました。
 ささえ励まさなければならない私が励まされ、元気づけられていました。情けなさを感じながらも、その言葉は唯がしゃべってくれているようで、車の中の3人が、それを聞かせていただいている感覚になりました。
 「うん、うん」と涙で前が見えなくならないように目をしばたたかせながらうなずくと、妻が「いつか私がお坊さんになることがあったら、法名(ほうみょう)は釋唯照(しゃくゆいしょう)がいいなぁ。いつも唯ちゃんと一緒にいられる気がするから」と続けました。
 「唯に照らされ、唯を照らし、唯(ただ)照らされるか...」
 流れる涙をぬぐいながら、そう考えつつハンドルを握り続けました。

大いなる船に乗り

 昨年、11月26日に妻が得度(とくど)式を受けさせていただきました。本山の聞法(もんぼう)会館で待つ私と6歳になった龍真のもとに、度牒(どちょう)を手に笑顔で駆け寄って来た妻の顔は輝いて見えました。
 「右の者を度(ど)して本宗僧侶となし法名釋唯照を授ける」
 その文字が見えるように度牒を胸の前に持ち、はにかんでほほ笑む妻と龍真の写真をスマホで撮りました。
 「度す」とは、「渡(わた)す」ことです。仏さまが、人々を迷いの此岸(しがん)から悟りの彼岸へと渡すこと、迷いから救うことです。
 親鸞聖人は『教行信証』の最初に「ひそかにおもんみれば、難思(なんじ)の弘誓(ぐぜい)は難度海(なんどかい)を度(ど)する大船(だいぜん)」(わたしなりに考えてみると、思いはかることのできない阿弥陀仏の本願は、渡ることのできない迷いの海を渡してくださる大きな船である)」(註釈版聖典131ページ)と記されています。
 写真を撮った私は「おめでとう。浄土真宗でよかったね。お念仏いただいていてよかったね」と妻に言いました。
 「それって、ママがおとうちゃんに言った言葉じゃなかったっけ?」という龍真を抱きしめる私の写真を、今度は妻が撮りました。
 いつでも、どこでも、どんな時でも抱きしめられている。抱(いだ)かれている。阿弥陀さまに。大いなる他力の中に。

(本願寺新報 2022年08月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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