読むお坊さんのお話

選び取られたお念仏 -私たちのためにご苦労される阿弥陀仏-

西村 慶哉(にしむら よしや)

本願寺派総合研究所研究助手 大阪府東大阪市・浄福寺衆徒

選ぶのは大変

 学生の頃、大阪市内にあるレンタルビデオ店でアルバイトをしていました。駅から歩いて5分の好立地に加え、上のフロアではお笑いの劇場が設営されており、とてもにぎやかで忙しい店舗でした。

 当時、私の役割は映像担当でした。新作が出ればすぐに一番目立つ場所に陳列したり、そのパッケージにコメントを書いて挿入して、商品の販売を促進することが主な仕事です。

 ある日、ふとしたことから「スタッフのおすすめコーナーをお店の中に作ろう!」という話になりました。スタッフが好きな映画を3作ずつ出し合って、その作品を店内の特設コーナーに並べるという趣旨です。多少なりとも映画通を自負していた私は、「よし、隠(かく)れた名作を世に知らしめてやろう!」と意気込み、早速に映画の選定をはじめました。

 しかし、これがなかなか苦労します。比較的小さな店舗でしたが、それでも数万もの在庫があり、さらに週単位で何百という商品が入れ替わっていきますので、在庫を把握するだけでも一苦労です。また、知名度や評価の高い映画はそもそもおすすめする必要もありませんし、ほかのスタッフのおすすめと被(かぶ)ってしまいます。かといってマニアックすぎる映画はそもそもお店で取り扱っていません。ああでもないこうでもないと悩み抜いた挙げ句、3本の映画をおすすめのコメントとともに陳列しました。どれも決して有名とは言えませんが、知る人ぞ知る名作です。

 こんなちっぽけな体験ですが、選ぶことは本当に大変な作業とわかりました。この選ぶことに大変なご苦労をされたのが阿弥陀仏です。迷いの世界から抜け出せない私たちを救わんと、お念仏一つの救いを選び抜かれたのです。この教えを第十八願の選択(せんじゃく)本願といいます。

 お念仏を選択するために阿弥陀仏は、『無量寿経(むりょうじゅきょう)』に「時(とき)に法蔵比丘(ほうぞうびく)、二百一十億(にひゃくいちじゅうおく)の諸仏(しょぶつ)の妙土(みょうど)の清浄(しょうじょう)の行(ぎょう)を摂取(せっしゅ)しき」(註釈版聖典15ページ)とあるように、二百一十億の諸仏の世界のすぐれたお徳や清らかな行をことごとくご覧になられたと説かれています。

 選び取る(選取(せんしゅ))ためには、それ以外を選び捨てる(選捨(せんしゃ))ことが必要です。二百一十億というとてつもなく多くの世界やそこに生まれる方法をご覧になられた阿弥陀仏ではありますが、その中からこの私をお浄土へと生まれさせるための方法として選び取られたのは、お念仏一つだけでした。それ以外の諸行(しょぎょう)は、どんなにすぐれていても、煩悩(ぼんのう)を抱える私たちには何の役にも立たないと、すべて選び捨てられたのでした。

 阿弥陀仏は、私たち凡夫(ぼんぶ)のために、二百一十億の中からお念仏たった一つを選んでくださり、おすすめくださいます。煩悩に振り回され、迷い苦しむ私たちのために、お念仏の道を切り開いてくださった阿弥陀仏のご苦労の果てしなさを、二百一十億という数字からあらためて感じます。

一番喜ぶのは...

 私が選んだ3本の映画は不評でした。ほかのスタッフがすすめた映画がどんどん借りられていく中で、私のおすすめ映画は一向に動きがありません。「しまった。奇(き)をてらいすぎた」と反省しつつ、ことあるごとに特設コーナーをチラチラとのぞいていました。

 するとある日、とある人気お笑い芸人さんがおすすめコーナーの前に立っていました。おそらく、上のフロアで行われているお笑いライブの合間に足を運ばれたのでしょう。その芸人さんは、驚くことに私のおすすめ映画をヒョイッと取ってレンタルしてくれました。何とも言えないうれしい気持ちになりました。有名な方が借りてくださったというのもありますが、何よりも、数ある中から私のおすすめを選び取ってくれたことがとてもうれしく、報われた気持ちになりました。

 その時にこんな気持ちがわき起こりました。私たちがお念仏の道を歩むようになったのを一番喜んでくださっているのは、そのお念仏を私たちのために選び取ってくださった阿弥陀仏かもしれないと。

 時代のあおりを受けて私が働いていたレンタルビデオ店は閉店してしまいましたが、その芸人さんは現在も第一線で活躍されています。時々、テレビでその姿をお見かけすると、当時を思い出して、なぜだかお念仏がこぼれてくるのです。

(本願寺新報 2022年09月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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