読むお坊さんのお話

「たもつ」 -「保」は赤ちゃんを抱いてまもるすがた-

花田 照夫(はなだ てるお)

布教使 福岡県桂川町・長明寺住職

あなたでしょ!

 ご門徒宅の月参(つきまい)りなどでよくおつとめする『阿弥陀経』の中には、「執持名号(しゅうじみょうごう)」というご文(もん)が出てまいります。

 「名号を執(と)り持(たも)つ」という、少々専門的なことばですが、お経(きょう)の中で「執持名号、若一日(にゃくいちにち)、若二日、若三日、若四日、若五日、若六日、若七日、一心不乱...」と印象深いフレーズが続くところですので、「ああ、あそこね!」と思われる方も多いのではないでしょうか。

 この「名号を執(と)り持(たも)つ」を親鸞聖人は、「南無阿弥陀仏」を「信じ称(とな)える」ことと示されました。ふだん私たちは、「お念仏を称える」と表現していますが、南無阿弥陀仏を「たもつ」という表現も、なんだか深みがあって素敵ですね。

 さて、今から9年前の早朝のことです。僧侶の勉強会で「執持名号(しゅうじみょうごう)」がテーマになるということで、私は『阿弥陀経』の関連仏書を自室で開いていました。

 その時です。朝食をつくっているはずの妻が、突然、部屋に入ってきました。ずいぶん怒りながら。

 「あなたでしょ! 昨日の晩、炊飯器の電源を切ったのは!」

 どうやら前日の夕食の時、私は炊飯器を誤って操作し、電源を切ってしまったようなのです。

 怒り心頭の妻に、「あのね、確かに電源を切ってしまったかもしれないけど、わざとでもなければ、悪気があったわけでもないよ!」と言い返せなかった私は、「じゃあ、どうすればよかったの?」と小声でたずねました。

 すると妻は、「保温よ、保温! 保温ボタンがあるでしょ!」と言って、そのまま部屋から出ていきました。

 ひとりになった部屋でふぅっとため息をつく私。仕方がないので再度、仏書を開くと、そこには「持(たも)つ」の文字がありました。

 「あれ!」

 衝撃とともに、妻のセリフがそこに重なりました。

 「保温...温もりを保つ。考えてみれば、ふだん使っている〝たもつ〟は、〝持(たも)つ〟ではなく、保温の〝保〟の字だな!」

 「保」の字に興味を覚えた私は、さっそく書棚から漢和辞典を取り出して調べてみました。すると辞書には、「保」の「呆」とは「布(おむつ)に包まれた赤子」を意味するとありました。それを「人」が抱きかかえて「保(たも)つ」。

 私は、大切にくるまれたわが子を抱きかかえる「親の姿」を想像し、大きな感動を覚えました。なぜなら、それは私たちがいただく阿弥陀さまの世界そのものだからです。

ザルと水

 親鸞聖人は、阿弥陀さまのお慈悲を「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」と喜ばれました。煩悩具足(ぼんのうぐそく)の私を見抜き、摂(おさ)め取り抱きしめ、決して捨てることのない、それが阿弥陀さまのお慈悲の世界です。そして、このお慈悲はどこか遠くにあるのではなく、「今、ここ、私」の上に南無阿弥陀仏となってはたらいてくださっているのです。

 この世界を、妙好人(みょうこうにん)の浅原才市(さいち)さんは、
  目にみえぬ
  慈悲が言葉にあらわれて
  南無阿弥陀仏と
  声でしられる
と味わっていかれました。

 「お念仏」は私がする「行為」というよりも、阿弥陀さまが私を抱きしめてくださっている「すがた」なのです。この南無阿弥陀仏は、阿弥陀さまのお慈悲そのものです。

 ザルで水を「たもつ」ことはできませんが、水の中にザルをつけると、ザルの中にも水がたもたれる姿となってあらわれます。それは、水によってザルがたもたれるからです。お慈悲の水にたもたれているザル、それがお念仏を称える私のすがたなのです。

 浄土真宗は、自らの口からこぼれる「ナンマンダブツ」に、自らが出遇(あ)わさせていただく、喜びの世界です。私を「あなたは大事な一人子(ひとりご)です」「そのまま来い、このまま救う」と抱きしめてくださる阿弥陀さまのお慈悲を、自ら称える南無阿弥陀仏のうちに聞き、味わい、受け取らせていただく。それが、阿弥陀さまを「親さま」としていただく、浄土真宗の日々の生活です。

  あれごらん
  親に抱かれて寝る赤子
  落ちる落ちぬの心配はなし
        稲垣 瑞剣(ずいけん)

 新型コロナの中、大変なことも多いですが、ともどもに聴聞生活・念仏生活を大事にさせていただきましょう。

(本願寺新報 2022年09月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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