読むお坊さんのお話

極楽を味わう -お念仏のよび声の中に阿弥陀さまの浄土-

金澤 豊(かなざわ ゆたか)

仏教伝道協会職員 奈良市・淨教寺衆徒

非日常の空間

 1年半ほど前から家族と離れ、東京で新たな仕事を始めました。42歳にして初めての単身生活は想像以上に思い通りにならず、環境の変化に戸惑うことばかりです。

 さまざまな変化がある中で、私にとって仕事以外の一番大きな変化は、銭湯や温泉に通うようになったことです。 近隣には、関東ローム層から湧き出る黒湯の銭湯が多くあります。 定期的に身近な銭湯へ行くことは、少々寂しい気持ちをリフレッシュする効果があるとともに、銭湯文化について深く調べるきっかけを与えてくれました。

 例えば、いくつかの東京の銭湯は寺社建築さながらの宮造(みやづく)りの入り口になっています。 これは、ちょうど百年前の関東大震災以降に建てられたもので、当時の宮大工衆の情熱を感じ取ることができます。彼らは壊滅した東京の復興を強く願い、多くの人に銭湯へ来てもらいたいと考えて努力されました。外観だけでなく、脱衣所の天井は吹き抜け格天井(ごうてんじょう)の様式が多く、まるでお寺の本堂にお参りしたような感覚になります。

 また、銭湯の浴室内の壁面といえば富士山のペンキ画が有名ですが、羽衣(はごろも)をまとった天女が舞う壁画や、細やかなタイルで作られた意匠もあり、バリエーション豊かです。意外にも東京の銭湯には日常を少しでも非日常にし、極楽を想(おも)わせる宗教空間が広がっているのです。

 そもそも、入浴という行為そのものが仏教と深く関連することも学び直しました。「温室」という漢訳は古く、いわゆる「サウナ」が紀元前後からインド、中国で歓迎されていたことが知られます(安世高訳『温室洗浴衆僧経』)。

 また、仏教が日本に伝来し定着するとともに、お寺の敷地内に浴室(蒸(む)し風呂)が設けられたことや、日本で最も古い浴槽が奈良の東大寺に存在するなど興味は尽きません。

 学びを深めた上で、銭湯や温泉に入浴すると「いにしえから大切にされてきたものを喜ぶことができるのも仏法のおかげさまだなあ」「あぁ、極楽、極楽...」と口をついて出てしまいます。

必ず救うとの願い

  「極楽」と申すはかの安楽浄土(あんらくじょうど)なり、よろづのたのしみつねにして、くるしみまじはらざるなり。
  (註釈版聖典709ページ)

 親鸞聖人は「極楽」とは阿弥陀さまの安楽浄土、苦しみの混じらない世界と、『唯信鈔文意(ゆいしんしょうもんい)』にお示しくださいました。

 その意味で極楽のイメージは、銭湯に入浴することと似ているところがあるのではないでしょうか。まとうものを脱ぎ、持ち合わせるものは何もなく、濁世(じょくせ)から離れるつかの間の時間、日常の汚れを落として感じるぬくもりという部分で共通するようにも私は思いました。

 しかしもちろん、現実のお風呂に入る時間は限られています。それ以外の時間、普段の生活では楽しいことばかりが続くわけではありません。苦しみ、わずらい、よろづの楽しみが常ならない世界に生きる私たちです。そんな、ままならない生活をしている私たちを見抜かれて、阿弥陀さまは必ず救うという願いを立ててくださいました。

 この世での一時だけの銭湯とは異なる、無辺(むへん)の有り難い世界を願い、浄土を建立(こんりゅう)し、ご用意くださったのが阿弥陀さまなのです。

 重ねようもない話ではありますが、親鸞聖人は今の私と同じ42歳の頃に越後(新潟)から常陸(ひたち)(茨城)に移住されたと伝わります。天候不順が続き、食べ物が不足したと記録が残る時代、ご自身の生活環境も相当に厳(きび)しかったことでしょう。それでも困窮(こんきゅう)する人々に出会われて「自信教人信(じしんきょうにんしん)」(自(みずか)ら信じ、人にも教えて信じてもらう)のお立場で東国(とうごく)伝道をされたことが知られています。

 「当時の東国における伝道のご苦労はいかばかりだっただろうか」「『阿弥陀経』に描(えが)かれる〝八功徳水(はっくどくすい)〟とは、どのようなものなのだろうか」

 さまざまに思いを馳せている間に、ついつい長風呂してしまい、のぼせました。

 いつでもどこでも、仏前でも、銭湯でも、お念仏のよび声の中に阿弥陀さまの浄土があるということをよろこばせていただきながら、日々の仕事をしっかり勤めようと思います。

 みなさんもお近くの温泉や銭湯をいま一度味わい直されてみてはいかがでしょうか。

(本願寺新報 2022年10月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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