読むお坊さんのお話

ともに語り ともに味わう -お弟子とともに教えを共有された聖人の姿-

野呂 靖(のろ せい)

龍谷大学准教授 奈良県葛城市・西照寺衆徒

1人ではなく2人で

 大学の講義での一コマ。
 「今日の講義はここまで。みなさん質問ないですか?」
 一斉に下を向く学生たち。
 「遠慮なく、どんな質問でもいいですよ」
 ふたたび声をかける私。学生たちは私と目が合わないよう、いそいそと筆記用具を片付けだす―。
 「質問ないですか?」
 「自由に意見を言ってくださいね!」

 こう呼びかけてもまったく反応がないという事態は、学校だけでなく、職場の会議やお寺の集いなど、あらゆる集まりの中で、しばしば発生するように思います。「寂(せき)として声なし」(静まり返って何の物音も聞こえない)という言葉がありますが、私も授業をしていると、そうした寂しい状況によく直面します。

 ところが最近、ある先生からよいことを教えてもらいました。
 「実はね、ちょっとした工夫で質問がどんどん出るようになるんですよ」
 「えっ、そんな不思議な方法あるんですか」。前のめりになる私。
 「最初にね、質問や感想などを手元にメモをしておいてねっと言うんです。それで、ここからがポイントですが、そのメモを隣に座っている人とペアになってお互い読み上げてねって言うんです」
 「つまり、隣同士で質問を共有するんですね」
 「そのとおりです。そこで一緒に出し合った質問を、みんなの前で発表してもらう。1人だと遠慮して発言できなくても、2人一緒なら不思議とできるんですよ」
 「たしかにこれなら質問しやすいですね!」

 この方法は、「シンク・ペア・シェア」(1人で考え、2人でまとめ、全員で共有する)というアクティブラーニングの方法の一つです。アクティブラーニングとは、学生が受動的に先生の話を聞くだけでなく、クラスメートと互いに意見を出し合い、協同的に学びを深めていくための方法のことです。

 1人ではなく2人で課題に向き合う。そんなちょっとした仕掛けで、私たちは不思議と深い学びができることがあるのです。こうした互恵(ごけい)的な学び方は、近年、小中学校や高校でも取り入れられつつあります。
 「おお、これはたしかにうまくいく」

 さっそく実践してみた私は、それからは学生への質問の投げかけが楽しくなりました。

「角筆」の書き入れ

 1人で学ぶのではなく、みんなで学ぶ。こうした学習方法は、実は仏教の世界にも存在します。親鸞聖人が生きられた鎌倉時代には、談義(だんぎ)と呼ばれる、複数の僧たちが一堂に集まり、質問を投げかけ合ったり、相談したりしながら仏法を味わうことが行われていました。

 親鸞聖人もまた、そうした学びの実践者だったことが最近わかってきました。近年、聖人ご自筆の『教行信証』(坂東本(ばんどうぼん))に、聖人による「角筆(かくひつ)」の書き入れがあることが発見されました。角筆とは、小刀などの先の尖(とが)った筆記具のこと。ちょうどインクの切れたボールペンで文字を書くと、透明な文字の跡が紙面に刻まれるように、角筆によって目立つことなく文字を記すことができます。通常の墨で書かれたものと異なる書き方ですが、下書きや推敲(すいこう)の際にしばしば使用される筆記法でした。

 興味深いことに、実はその角筆の書き入れの中には、まるでその上をなぞり書きするかのように、別の方による朱筆による書き入れが重ねられているものがありました(『坂東本『顕浄土真実教行証文類』角点の研究』)。

 このような『教行信証』の特徴からは、親鸞聖人とともに、その横で聖人に教えをうけながら、まるで聖人が記されたその教えを一つひとつ確かめ、受け継ぐかのように文字を重ねていったお弟子の姿を私は感じます。門弟とともに教えを共有し、対話するかのように書物を編(あ)まれていかれた聖人のお姿に、「ともに学ぶ」という大切な姿勢をうかがうことができるように思うのです。

 ともに対話し、丁寧なコミュニケーションを重ねながら歩んでいくこと。その重要性は、国内外のさまざまな紛争に直面している現代の社会において、より高まっています。親鸞聖人が明らかにされた阿弥陀さまのみ教えとともに、「ともに語り、ともに味わう」という聖人の姿勢もまた、大切に継承していきたいと思うことです。

(本願寺新報 2022年11月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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