読むお坊さんのお話

少しでも安心を届けたい-お念仏申す中で私のできる精一杯のことを-

朝戸 臣統(あさと・たかつな)

布教使・岐阜県高山市・神通寺住職

光顔巍巍

 「光顔巍巍|」ではじまるおつとめ「讃仏偈」とは、『仏説無量寿経』というお経の中の一説です。


 阿弥陀さまがまだ、法蔵菩薩という修行者であったとき、師匠である世自在王仏のご説法と、その光り輝くお姿を讃えられたところです。


 法蔵菩薩が「すべての恐れおののくいのちに、本当の安心を与えたい」(一切恐懼 為作大安)と願われ、「たとえ苦難の毒の中に沈もうとも、決して後悔することはない」(仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔)と誓われた讃歌なのです。


 ところで先日、本山の御正忌報恩講で、八幡真衣さんの特別講演を聞かせていただきました。真衣さんは「地域で子どもたちを見守る皆の居場所を築き上げたい」と、福井の吉崎別院で、毎月「テンプル食堂よしざき」を開催されています。


 あの1月1日、まさに「テンプル食堂よしざき」を開催していました。石川県境にほど近い吉崎別院にたくさんの子どもたちが集まり、食後のゲームを楽しんでいた時、大きな地震に襲われました。津波警報が鳴り響く中、海のそばにある吉崎別院を離れ、高台に避難しました。


 「怖いよ」としがみつく子どもたちに、「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と抱きしめながら、まるで自分自身に言い聞かせるようにしながら、一夜を過ごしたそうです。


 翌日、真衣さんをはじめとするスタッフが、テンプル食堂にあるありったけの食材と資材を車に積み込み、被災地へと向かおうとした時です。昨晩、しがみついていた子が駆け寄ってきて、握りしめた手を差し出しました。


 「マイちゃん、昨日はありがとう。大丈夫だよって抱きしめてもらって、うれしかったよ。これからもっと大変な目にあっている人のところへ行くんだよね。これ、ぼくがもらったお年玉、マイちゃんに預けるから、その人たちに届けてくれないかな」


 その手には、お正月にもらったであろう千円札が5枚、握りしめられていました。真衣さんは、その子から受け取った5000円が本当にありがたくて、ありがたくて、涙が止まらなかった、と話してくださいました。


仏の願いこの身に

 ここからは私の想像です。その子はきっと、こんなふうに考えたのではないかなと思うのです。


 「みんなでおいしいご飯を食べて、楽しくゲームをしていたら、突然地震が襲ってきて、高台に避難しなくちゃならなくなった。とっても怖くて、不安で、どうしようと思ったけど、マイちゃんがずっと抱きしめてくれて〝大丈夫だよ〟って言ってくれたから、ぐっすり眠れた。


 朝起きたら、マイちゃんたちは、車にたくさんの食べ物や生活用品を積み込んでいる。どうやら、地震がひどかったところへこれを届けに行くみたいだ。きっとそこには、もっと大きな地震の揺れで、もっと大きな被害にあって、もっと大きな不安の中で困っている人が、たくさんいるんだろうな。


 さっきまでは、このお年玉で新しいゲームを買うのがぼくの願いだったけど、今は違う。ぼくは、マイちゃんたちと一緒には行けないけど、ぼくより大きな不安の中にある人に、少しでも安心を届けてあげたい」


 そんなふうに考えてくれたんじゃないかな、と私は思うのです。


 「讃仏偈」に説かれている法蔵菩薩の願いとは、まさにそういうことなのでしょう。


 「私は今まで、自分の欲望を叶えるための生き方をしてきたが、師匠の世自在王仏に出会い、苦しむ命を救うという尊いお姿と願いに出会えた。私も仏道を歩む菩薩となり、その素晴らしさを讃えずにはおれない。


 そして、大きな恐れや不安を抱えたいのちが目の前にあるからこそ、そのいのちに、大きな安心を与えられる仏に、私はなりたい。


 それが、法蔵菩薩である私のよろこびであり、どんな苦難もこの私が引き受ける。恐れや不安を抱えたいのちを救う仏に、私が成る」


 やがて長い思惟を経て、四十八の願いをお建てくださり、果てしない修行の末に願いを成就されたのが、阿弥陀さまなのですよと、お経に説かれているのです。


 私が称え、私に聞こえる南無阿弥陀仏には、「すべての恐れおののくいのちに、本当の安心を与えたい」との、阿弥陀さまの願いが込められてありました。


 お念仏申す中で、その願いをお聞かせいただき、今の私ができる精一杯のことをさせていただきたいと思います。


(本願寺新報 2024年02月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

※カット(え)の配置やふりがななど、WEBサイト用にレイアウトを変更しています。

※機種により表示が異なるおそれがある環境依存文字(一部の旧字や外字、特殊な記号)は、異体文字や類字または同意となる他の文字・記号で表記しております。

※本文、カット(え)の著作権は作者にあります。

一覧にもどる