私事ではなくて仏事-阿弥陀さまのみ教えを頂く喜びの場-
貫名 譲
大阪大谷大学教授 広島市中区・浄満寺住職

親孝行の真似事
私は毎年末に人間ドックを受診しています。いつもお世話になっている病院には、お寺の境内にある保育園の卒園児のお母さんであるSさんが、看護師として働いておられます。亡き父も生前には大変お世話になった方です。
人間ドックの健診は、年に1回ですが、Sさんはいつも検診時に暖かいお言葉で、私の体調を気に掛けてくださいます。そのSさんから、「今度、うちの息子がライブをするんです。よかったらお越しください」とお誘いいただきました。
息子さんのKさんは、みずから作曲もされる新進気鋭の青年音楽家であり、ライブではピアノ演奏をされます。
ライブ当日、私は、保育園の園長をしている母を誘って一緒にライブに行きました。受付でばったり会ったSさんと母は、周りの人がびっくりするくらい大きな声で、久しぶりの再会を喜びあいました。
さらに、卒園以来20年ぶりにKさんとお話しすることができた母は、「立派になって」と、かつての園児の成長ぶりを、わが子のことのように喜んでいました。
ライブは2時間ほどでしたが、母はKさんの演奏に終始聴き入り、ライブ終了後もなかなか会場を離れようとしませんでした。自宅に戻ってからも、「行ってよかった。ありがとう」と私に何度もお礼を言ってくれました。
また、Sさんからも翌日、「園長先生にお会いできてうれしかったです」とメールをいただきました。そこには、「親孝行な息子さんのおかげです」と添えられていました。
私は親孝行をしたつもりはありませんが、私が母を誘ったことで皆さんが喜んでくださったのであれば、少しは親孝行らしいことができたかなと思い、普段の親不孝を解消できたように感じていました。
しかし、程なくして、それはしょせん「まねごと」でしかなかったことに気づかされました。私が母を喜ばせたのではありません。母やSさんから、私が「少しは親孝行できたかな」という喜びを得ていたのです。
亡き人にではなく
それはライブから数日後、ご門徒のYさんのお母さんの1周忌法要を、お寺でおつとめしたときです。
皆さんがおそろいになるのをお待ちしているあいだ、私はYさんのご長女とお話をしていました。
「もうかれこれ30年か40年前になるでしょうか。私がまだ小さかった頃ですが、よくお寺さんに自宅にお参りいただいていました。私たちは祖母と一緒にお念仏を称え、前住職さまのお話を聞いていたことを今でもおぼえています。懐かしいです」とお話ししてくださいました。
しばらくして皆さんおそろいになり、とても厳かな雰囲気のなか、1周忌のおつとめをさせていただきました。ご法事が終わり、何とも穏やかなご一家だったなあと思いながら後片付けをしていたときです。私の親孝行がまねごとでしかなかったと気づかされたのは。
Yさんのお家の方々が、そろってご法事を厳かにおつとめになられたのは、そのお家に脈々と伝えられてきた仏縁の賜物です。
かつて、おばあさんがお孫さんたちと一緒に仏事をつとめて、共にお念仏を称えられていた。そのときの「南無阿弥陀仏」が、いまお孫さんたちの「南無阿弥陀仏」となっているのです。
『歎異抄』には「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏申したること、いまだ候はず」(註釈版聖典834㌻)と記されています。
ご法事のときのお念仏を「亡くなった方々へ」との心持ちで称えておられる方もあるかと思いますが、それでは「仏事」ではなく「私事」「まねごと」になってしまいます。なぜなら、私の都合でおつとめするご法事になるからです。
おつとめの時間ばかり気にして、お念仏を称えることさえ忘れてしまう。それでは、せっかくのご法事が台無しです。世代を超えて、いま共に「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えさせていただいていることに感謝する、それが仏事です。
「ご法事とは、亡き方々のお導きにあずかって、阿弥陀さまのみ教えに出遇わせていただくとても貴い場、喜びの場」であると私は思います。私自身も阿弥陀さまのみ教えをいただくものの一人として、私事にならないように努めていこうと、あらためて思った年の初めでした。
(本願寺新報 2024年02月10日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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