読むお坊さんのお話

霊鷲山にて-今も『無量寿経』が説かれ続けている-

福間 義朝(ふくま・ぎちょう)

中央仏教学院院長・広島県三原市・教専寺

お釈迦さまのご誕生

 いよいよ新年度4月となりました。入学式や新学期、新たな歩みが始まる時節です。そして仏教徒にとって4月は、お釈迦さまのご誕生の月です。4月8日には全国の寺院で花まつりが行われます。

 今年2月、私は9年ぶりにインドへ行きました。お釈迦さまはルンビニ(ネパール)でお生まれになり、ブッダガヤでお悟りを開かれました。そして、霊鷲山で『無量寿経』を説かれ、クシナガラで入滅されました。今回の旅はブッダガヤと霊鷲山を訪れました。9年前は世界中からの参拝者で、ブッダガヤでは菩提樹のそばにも近づけませんでしたが、今回は新型コロナの影響で人は少なく、菩提樹のそばでお参りできました。

 私たち浄土真宗の門徒にとっては、ひときわ感銘深い所が霊鷲山です。ここで私が救われるお念仏が説かれたと思うと、何度行っても胸いっぱいになるのが霊鷲山という小高い丘です。丘に登ると、美しい夕陽を浴びながらお参りすることができました。

 今思うことは、お釈迦さまの人生です。29歳で出家されましたが、その時のお釈迦さまの境遇はどうだったのでしょう。まず地位は王子という身です。ですから、その身には、有り余る富があったことでしょう。また家は豪邸どころか、時期に応じた3つの城があったといわれます。家庭はヤショダーラという妃とラーフラという息子がいて、よきパパでもありました。またお釈迦さまは約2500年前に80歳まで生きられましたから、とても健康体であったと思われます。でも、お釈迦さまはそれらを全てすてて出家されました。

 なぜかと言うと、地位も財産も家も家庭も、そして健康な体も永遠なものは一つもないからです。逆に、肩書がなくても、貧しくても、家がなくても、家族がいなくてたった一人であっても、病で床に伏していても、大丈夫という世界を求められたのです。そして、35歳の時に正覚(さとり)を得られ、その素晴らしい世界を45年間説き続けられました。

 さて現代は、よりお金があって、より肩書がよくて、より健康であることを求める競争社会になっています。そこで遅れた者はどんどん追い詰められていきます。

 これはご門徒の娘さんのお話ですが、彼女はブラジル人と結婚してブラジルへ渡り、日本食の食堂を始めました。食堂は結構繁盛しましたが、問題はブラジルの治安です。 とても犯罪が多く、彼女の店も銃を突きつけられてお金を要求されたりしたそうです。彼女と私はフェイスブックで繫がっていて、彼女に危険だから日本に帰ってくるように言いました。その時の彼女の返事が忘れられません。

 「確かにブラジルは犯罪が多い。でも、日本のほうが恐い。日本では自死する人、行方不明者など、毎年何万人もいる。いじめや無言のうちに追い詰められて、生命を断たれてしまう。ブラジルは銃で撃ちあってもテロがあっても、そんなに多くの人は抹殺されない」

 一見すると平和な国日本ですが、内ではストレスによる無言の叫びが響きわたっているのが現状です。

決して見捨てない

 お釈迦さまは、現代の私たちが求める最高のものをすてて、最高の歓びを得てそれを語り続けられました。たとえ貧しくても、病であっても、たった一人であっても、今、命つきても大丈夫な世界を説かれたのが『無量寿経』です。そして、それを私のために明らかにして伝えてくださったのが親鸞聖人です。

  十方微塵世界の

  念仏の衆生をみそなはし

  摂取してすてざれば

  阿弥陀となづけたてまつる

     (註釈版聖典571㌻)

という聖人のご和讃があります。

 阿弥陀さまだから救ってくださるというよりも、決して私を見捨てないはたらきを阿弥陀というのです。私たちはこの人生、自分で自分を見捨てようとすることだってあります。この人生あまりにもつらい時には「もう死んでしまおう」と思うことだってあるものです。でも、自分で自分を見捨てても、阿弥陀さまだけは決してこの私を見捨てないのです。

 しかしながら、そんな話をいくら聞いてもすぐに忘れてしまうのがこの私です。また私自身、阿弥陀さまに手を合わせても、一瞬にして怒りに身を震わすことだってあります。阿弥陀さまはそんな私をすでに見抜ききっておられます。阿弥陀さまは私の心や頭をあてにされてはおられません。だから「南無阿弥陀仏」のよび声となって私に届いて私を支え続けていらっしゃるのです。

 念仏申すということは、たとえ貧しくとも、一人ぼっちであっても、病で余命を知らされても大丈夫な身になったということです。霊鷲山でお念仏申す時、仏法の真髄、『無量寿経』は今も説かれ続けているのだなと思ったことでした。

(本願寺新報 2024年04月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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