読むお坊さんのお話

誰のものでもない"自分のもの"-智慧の灯火を依りどころに教え導かれて-

桑原 昭信(くわはら・あきのぶ)

宗学院研究員・広島県呉市・浄円寺住職

あれこれ試した末に

 皆さんは、もし、 自分が生きるために必要なものを3つ挙げてください、と問われたら、何とお答えになるでしょうか。私は「酸素」「水」「食べ物」の3つが思い浮かびました。これらは生命の維持に必要不可欠なもの、という視点から、よく挙げられるものでしょう。

 これらの中でも特に「酸素」は興味深く、そのきっかけは自分の誕生時にまでさかのぼります。当時のことについて聞かされたところによりますと、私は生まれてすぐには泣き声をあげなかったそうです。そこで、あれやこれやと試した末、逆さにして顔に水をかけると、やっと私は泣き声をあげ、そこに居合わせたみんなが安心したそうです。

 私がなかなかあげることができなかった「産声」は、とても大事なもののようです。これは誕生後最初の呼吸と一緒に出る泣き声であり、私の体内に初めて酸素が入り、まさに呼吸が始まった瞬間ということなのです。

 誕生後、母乳よりも先に自分の体内に取り入れたものは酸素でした。では、この酸素は誰が準備してくれたものでしょうか。「いよいよ母親のお腹から出る時が来た。何よりもまず酸素が必要だから準備しておこう」と、自分で準備することはできません。また、母親や出産に関わった方々が準備してくれたものでもなく、すでにそこにあったとしか言いようがありません。

 そこで酸素について調べてみますと、地球が誕生して海ができ、そこに出現した生物の光合成によって作り出されたことが最初と言われ、その後も森や草原の植物によって酸素が作り続けられ、今日に至っています。また、人工的に酸素を作り出す方法もありますが、いずれにしても、自分一人の力だけで一から酸素を作り出すことは、到底できないことがわかりました。そして、よくよく考えてみますと、最初に思い浮かびました水も食べ物も、酸素と同様であると言うことができます。

 これまで、「自分一人の力だけで生きてきた」と思ったこともありました。しかし、自分の力が及ぶことのないものを必要不可欠としながら今日まで生きてきたのです。このような身でありながら、「自分の力」と豪語することが、果たしてできるのでしょうか。

 産声をあげて以後、始まった呼吸は今日まで途切れることなく続き、また、心臓は全身に血液を送り続けています。身体を横にして休んでいる間であっても、自分の意思にかかわらず、これらの活動は休むことなく続いています。他に目をやれば、爪や髪もいつの間にか伸びてしまっています。

 最も身近にある自分の身体ではありますが、常に自分の力や意思が行き届き、思い通りに動かすことができているかと考えると、全くそういうわけではありません。

 そうすると、「自分の力」や「自分の身体」というように、何かを「自分のもの」として所有することが、そもそも可能であるのかと疑問を持たざるを得ません。では、いったい誰のものなのでしょうか。

闇夜の中を迷い続け

 お釈迦さまがお説きくださった縁起の道理におたずねしますと、この世のあらゆるものは、因と縁とが相互に関わり合うことにより、初めて生まれ起こります。また、この関わり合いとは一時的なものであり、あらゆるものは常に生滅、変化を繰り返しています。このことより、そのものが単独で生まれ起こることも、不変的に存在し続けることもあり得ません。そして、何であろうとも「自分のもの」と独占することはかなわないということなのです。

 つまり、「自分一人の力だけで生きてきた」のではなく、自分の力が及ぶことのない数多くのさまざまなつながりや関係の中に、この生命を恵まれ、育まれ、そして、身体も休まず活動し続けてくれたことにより、今日まで生かされてきた自分であったのです。

 しかし、この道理を聞かせていただきながらも、ついつい私は自分一人の力だけで生きているのだと思ってしまいます。どこまでも道理に暗く、真実に遠い、愚かな存在であるとしか言いようがありません。

 いつまでも明けることのない闇夜のような世界を迷い続け、自分の力では決して脱することのできない全ての存在を、阿弥陀さまは真実の智慧のはたらきをもって、教え導いてくださる灯火であると、親鸞聖人はお説きくださいました。依るべきところの確かさを、重ねて聞かせていただきましょう。

(本願寺新報 2024年04月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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