読むお坊さんのお話

「あられんこつ」-時代を超えた多くの人生と努力に導かれて-

宇治 和貴(うじ・かずたか)

筑紫女学園大学教授 熊本市・廣福寺副住職

地域のなかのお寺

 父はしばしばお通夜の法話で、「熊本では、かつて、人が亡くなったときの弔いの言葉として〝あられんこつでございました〟という言葉を伝えてお悔やみをしていた」と紹介していました。

 そして、「〝あられんこつ〟とは、言葉では言い表すことができないような大変なできごと、という意味です。また、悲しみのただなかにいる相手の気持ちに寄り添い、思いを共にしようとしていることを表明する言葉にもなります。深いやさしさと配慮のある、弔いにふさわしい言葉だと思います。だから今日はみなさまに〝あられんこつでした〟という言葉をお届けします」と、その意味を語っていました。

 その父が昨年、急な病で往生しました。大きな驚きと悲しみのなか、前住職であった父の葬儀準備のため、門徒総代さんに集まっていただきました。すると父と同世代の総代さんが次々と、父との思い出を口にされます。そのさなか、総代長さんが「法事の後の会食で、だいたい最後までおられたのが前住職さんだったですもんな。だけん、住職! もうここも時間が終わりだけん帰ってはいよ、と何回も言うたことがあったとですよ。ほんなこつ、ひざを突き合わせて門徒の私たちと付き合いよんなはったですよね」と語ってくださいました。

 父は熊本出身ではなかったのですが、縁あって熊本の地にあるお寺の住職となりました。地域の言葉や文化を率先して吸収し、まるで地元出身の人であるかのように地域コミュニティーのなかにどっぷりと浸かって、法縁をつないでくれていたのです。そのことが思い起こされるエピソードでした。

 よく考えてみると、多くの寺院は住職さんか坊守さんのどちらかが、あるいはそのどちらもがお寺のある地域以外を出身地とする方によって支えられ、継続されてきたのだろうと思います。寺院はその地域の方々と深いつながりを築き、地域の方々に支えられなければ存続することができません。あたりまえだといわれるかもしれませんが、これまで寺院が継続されてきていること、それ自体が、実は多くの方々の大変な努力の積み重ねによって成し遂げられてきた、偉大で不思議なことなのではないかと考えるようになりました。

父の願いがご門徒に

 父は生前、自分が養子として熊本の地に来たときの思いについて、『御伝鈔』のお言葉である、

もしわれ配所におもむかずんば、なにによりてか辺鄙の群類を化せん。これなほ師教の恩致なり。

  (註釈版聖典1045㌻)

を引用しつつ、「親鸞聖人が念仏弾圧によって罪人となり、配所である越後に向かわれた時のお気持ちを想像しながら、法縁をつなぎたいと思って熊本にきた」と話していました。

 言葉や習慣も違い、知った人もほとんどいない地域の住職・坊守になるということは、相当な覚悟と願いがないと成り立たないことなんだろうなと感じたことを思い出します。さらに、その熊本に来てからの思いとしてもう一つ語っていた言葉が、

  本願力にあひぬれば

  むなしくすぐるひとぞなき

  功徳の宝海みちみちて

  煩悩の濁水へだてなし

         (同580㌻)

という、親鸞聖人が示された『高僧和讃』の一首でした。

 自らが本願の教えをよろこぶようになり、しかもその不可思議な導きによって、全く知らない地域で寺院の住職となる。それはとても不安で、心細いことではあった。しかし、気づけば本願の教えを共によろこび、歩みを共にしてくださるご門徒の方にお会いすることができた。だから空しく過ぎる人生ではなくなったのだ、といったことを話していました。

 「親鸞聖人が説かれた本願の教えに生きることが念仏者だ」と語っていた父にふさわしい言葉だなと感じていました。

 父のお通夜の時、総代さんのお一人がポツリと、「前住職さんがいつも話しておられたけど、ほんなこつ、今日は〝あられんこつ〟ですなあ」とつぶやかれました。まさに本願の教えに導かれ、念仏者として生きた父の願いが地域のご門徒さんたちのなかで受け継がれ、法縁がつながっていることを実感できた瞬間でした。

 それと同時に、今の自分にまで法縁が伝わってきているということが、まさに、「あられんこつ」だったと気づかせていただきました。法縁がつながるということは、時代を超えた多くの方々の命がけの努力の積み重ねによってなされた、大変なできごとなのだなと、あらためて味わっています。

(本願寺新報 2024年06月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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