読むお坊さんのお話

花こぼれ なお薫る-お念仏の人生を大切に歩んでいく-

花田 照夫(はなだ・てるお)

布教使 福岡県桂川町・長明寺住職

向田さんの墓碑

 私たち人間、生まれようとして生まれてきた人は一人もいません。気がついたら生まれてきていたのです。そして誰とも代わることのできない「私」という人生を歩む。考えてみれば、これは不思議なことです。そして、その不思議な命を歩む者同士が「縁」という大きな世界の中で時間を重ね合い、互いの心に人生の記憶を響かせあっていく...... これもまた不思議なことです。

 昭和56年(1981)に飛行機事故で亡くなられた脚本家の向田邦子さんのお墓には、生前親交が深かった森繁久彌さんが手向けた、

  花ひらき はな香る

   花こぼれ なほ薫る

という句が刻んであります。大切な人と過ごした時間、思い出は消えません。受けとめる大地にこぼれ落ちていった花からもその香りは、なおより一層〝薫る〟のです。

 そして、「薫り」を胸に抱きしめる姿はやがて「合掌の姿」となり、「お念仏の姿」となっていきます。

 私には25歳で亡くなった仲のよい友人がいました。大学時代の同級生です。亡くなる1カ月ほど前、彼から電話がかかってきました。その内容は、自分の結婚式に出席してほしいというもの。私は「本当におめでとう! 心から楽しみにしている!」と彼に返事をしましたが、これが彼への最後の言葉となりました...。

 葬儀からの帰途。疲れ果てて乗った列車。ぽっかりと穴の空いた灰色の景色。私は〝悲しい〟という感情に埋め尽くされました。

 「これからの私の人生、何度、彼のことを思い出すのだろうか。そして、そのたびごとに彼がもうどこにもいないということを、自分に言い聞かせなければならないのだろう。そんなつらい経験をこれから何度、繰り返していかなくてはならないのだろうか」

 胸が苦しくて涙が止まらなくなりました。

お慈悲のなかで...

 2年後。私は墓参りのため、佐賀県の彼の実家に行きました。ご両親に挨拶すると、「息子のために遠路ありがとうございます。私の車で一緒に行きましょう」と、お父さんがおっしゃいました。助手席に乗り、2人で墓地へ。

 車の中、私はお父さんをふと見ました。運転席の横顔は、思い出の中の彼とそっくり。「ああ、この顔だ!」、学生時代の出来事がいくつも鮮明に思い出されました。

 夕方。お寺に帰った私は、そのままご門徒宅に月忌参りへ。そして、その家のおばあさんに何気なく話しました。

 「今日、佐賀県へ友人のお墓参りに行きましてね。お墓へ向かう途中、お父さんの横顔が本当に彼そっくりで...。ずっと彼のことを思い出していましたよ」

 すると、おばあさんは言いました。

 「お父さんも同じでしょうね。あなたの横顔見ては息子さんのことを思い出していたでしょうね」

 何気ないひと言でしたが衝撃を受けました。そして「本当にそうだな...」としみじみ思いました。

 お父さんにしてみれば、私は亡くなった一人息子さんと同い年の男です。私が彼のことを思い出していた時、きっと、お父さんも私の横顔を見ながら、息子さんとのかけがえのない時間をかみ締めておられたことでしょう。あの車内。互いが互いの横顔を見ながら、それぞれの心の中の大切な記憶を抱きしめていたのです。

 お参りからの帰り道、お念仏が口からあふれました。

 現在45歳、数年おきに行く彼の墓参り。墓前で手を合わせ、おつとめをします。そして、お念仏を申しながら、しばし彼と言葉を交わすのです。

 同級生として同じ時間を過ごした友が、「享年二十五」という止まった時間で墓石に刻んであるからでしょうか、時になんだか彼が若返っていくかのような不思議な感覚がします。しかし、その都度、彼が笑いながら「違うよ」と教えてくれるのです。

 「25歳で時間が止まることが不思議なのではなく、あなたが歩んでいる一瞬一瞬の人生が不思議なのだよ...」

 

 浄土真宗は阿弥陀さまのお慈悲を「私」の上に受け取っていく仏道です。

 この阿弥陀さまは、私を深く見抜かれました。気がついたら生まれ、誰とも代わることのできない人生を歩む「私」。愛別離苦の中、涙を流しながら生きていく「私」。

 しかし、この涙の中に宿りこんでくださる阿弥陀さまは、南無阿弥陀仏のよび声となって、私をまる抱えしてくださいます。お念仏は私が称えるものでありながら、阿弥陀さまのお慈悲のはたらきそのものなのです。

 このお慈悲の南無阿弥陀仏を尊くたのもしくいただきながら、お念仏の〝なほ薫る〟人生をこれからも大切に歩んでいきたいと思います。

(本願寺新報 2024年08月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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