読むお坊さんのお話

別離のなかで 仏さまとともにある人生が開かれている

赤井智顕(あかい・ともあき)

相愛大学非常勤講師・兵庫県西宮市善教寺住職

悲しみだけではない

 「亡くなったことがいまだに信じられません。受け入れることができません」

 涙をぬぐいながら、そうおっしゃったのは、ご主人を亡くされたご門徒の奥さんでした。お念仏をよろこばれていた七十代のご主人は、ある日、突然の病に倒れられ、最後の会話や看取ることもかなわないままに、息を引き取っていかれました。

 あまりにも突然の別れに、心の整理もつかず、現実を受け入れることのできない日々。ご葬儀から少し時間の経った中陰法要のおつとめが終わった後、胸の内に抱えておられたものを、少しずつ、少しずつお話しくださったのが先ほどの言葉でした。

 しばらくお話しされて落ち着かれたのでしょうか。最後に、「人と人には別れがありますが、仏さまと私に別れはないんですよね。先にお浄土へ往った主人は、私にとって仏さまです。悲しみはつきませんが、仏さまと成った亡き主人との縁を大切に、これからの人生を生きていきたいと思います」

とおっしゃった言葉が、今でも強く心に残っています。

 「人生は邂逅と別離の繰り返しである」

 以前、ある先生に教えていただいた言葉です。「邂逅」とは「思いがけない出あい」のことで、「別離」は「別れ」を意味する言葉です。出あいなき人生、別れなき人生がないように、私たちの人生は思いがけない出あいと別れを繰り返しながら、ここまで歩んできました。そして出あった者とは必ず別れていかねばならないように、「出あい」と「別れ」は決して切り離すことのできないものでもあります。

 もしかすると世間では、「出あい」にこそ意味があって大切な縁とされ、「別れ」は悲しみだけの縁であると受け止められ、敬遠されるものかもしれません。けれど思うのです。もしその方との「出あい」が大切なものであれば、「別れ」もまた、決して悲しみだけで終わらせてはいけないものとして受け止めていきたいと。

あとに残された私たちは、忘れがたい方との別れを通して、さまざまな仏事や法事のご縁をいただきます。このご縁は、亡き方を偲んでいくとても大切な時間となるものです。

「今日も一緒だよ」

 「偲」という漢字は、「人を思う」と書いて「偲」となっています。個人的な味わいですが、「偲ぶ」という言葉は先立って往かれた方々に思いをいたしながら、その方からいただいたご恩に心を向けていく、そんな在り方を私に教えてくれている言葉だと受け止めています。

 また亡き方を思うことは、お浄土へ先立って往かれたあの方が、いま私に何を思い、何を願われているのか、そのことを訪ねていく場であるとも思うのです。そしてお浄土へ往かれた方々の願いこそ、「南無(まかせよ)阿弥陀仏(われに)」であると聞かせていただくのが、浄土真宗の教えだと味わっています。

 亡き方を偲んでいくことが、実は亡き方からの願いである「南無阿弥陀仏」の仰せをわが身にいただく仏縁であったと気づかされる時、仏事・法事のご縁一つひとつが、私自身が浄土真宗の教えと出遇わせていただくかけがえのないものとして、受け止めていくことができるのではないでしょうか。 親鸞聖人は『浄土和讃』のなかに、

 

 安楽浄土にいたるひと

  五濁悪世にかへりては

  釈迦牟尼仏のごとくにて

  利益衆生はきはもなし

     (註釈版聖典560㌻)

 

阿弥陀仏の浄土に往生した人は、さまざまな濁りと悪に満ちた世に還り来て、釈尊と同じようにどこまでもすべてのものを救うのである。    (現代語版『三帖和讃』16㌻)

 

と詠われています。

 阿弥陀さまに抱かれ、お浄土の仏さまと成られた方は、お浄土でじっとされている方ではありません。「南無阿弥陀仏」のはたらきとなって、いま私のもとへ還ってきてくださっています。さまざまな仏縁を結んでくださり、お浄土という確かな「いのち」の往く先を、私に告げてくださっているのです。

 「今日もあなたと一緒だよ。お浄土へ向けて一緒に生きていこう」。亡き方の願いにつつまれ、お浄土へ導かれながら生きていく時、悲しい別離のなかにあってなお、決して別れることのない仏さまと共にある人生が、私のいのちの上に開かれていくのです。

(本願寺新報 2024年11月10日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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