読むお坊さんのお話

「私の話」 父ちゃんもいってみたい!

柱本 淳(はしらもと・じゅん)

京都市下京区明覺寺・布教使

他人事として聞く私

 仏教は、生老病死をはじめとした「いのちの話」を説きます。この「いのちの話」というのは、他の誰かのことではなく、「私の話」であると聞かせていただくことが大切です。いつどこでどのような形で終えるかわからないこのいのち。だからこそ、今このいのちを必ず浄土に生まれさせるとはたらく阿弥陀如来のお救いを「私のこと」として聞かせていただくことが肝要です。

 しかし、頭ではわかっていてもなかなかその通りに聞くことができない私がいます。いのちの話をどこか他人事として聞いてしまう私の姿です。そのことに気づかされたご縁がありました。

 息子が3歳のときの話です。

 私が住職を務めるお寺の本堂でお葬式がありました。ご往生されたのは長くお寺を支えてくださったご門徒さんで、「わしが死んだらお寺でお葬式をしてほしい」という生前の願い通りにおつとめすることになりました。本堂にお棺を置き、多くのお花を飾ってお荘厳。その様子を不思議そうに見つめていたのが3歳の息子でした。

 いつもと違う本堂の様子に驚きつつも、お棺のところに駆け寄り中をのぞき込みます。すると目を丸くした息子が「父ちゃん! 父ちゃん! おじちゃんが寝てる!」と大きな声で私を呼びました。

 思えば息子にとっては初めて目の当たりにする「いのちの終わり」。この世に生を受けたものは必ず終えていかなければならないといういのちの事実に触れるご縁でした。

 このご縁は大切にしたいと思い、「この方はね、ずっとお寺を支えてくださったご門徒さんで、この前、亡くなったんよ。でもただ亡くなったわけじゃなくて、お浄土に生まれていったんやで」と話しました。

 すると息子は「おじょーど?」と首をかしげながら初めて耳にする言葉を繰り返していました。

 「おじょーどはどこにあるの?」 「おじょーどはどうやっていくの?」と繰り返される質問にひとつひとつ答えていきました。

 息子にとってこの出来事がよほど心に残ったのか、毎晩寝る前にこの話をするようになりました。寝室に行き「おやすみ」と電気を消すと、「ねえねえ父ちゃん。あのおじちゃんはなんで死んじゃったの? どこに行っちゃったの?」と繰り返します。

 「あの方はね、病気で亡くなったんやけど、お浄土に生まれていったんよ。お浄土は阿弥陀さまが連れていってくれる世界なんやで」

 「おじょーど? あみださま?」

 このやりとりを毎晩繰り返していきました。

私ひとりのために

 すると数日後のこと。いつものように「おやすみ」と電気を消すと、「ねえねえ父ちゃん。ぼくね、母ちゃんが死んじゃうのがやだ。母ちゃん死んでほしくない」と言うようになりました。本人の中でどんな変化があったのかわかりませんが、他人の死から身近な人の死ということに思いが及んだのかもしれません。

 「そうやね。でも母ちゃんもいつか死んじゃうけど、母ちゃんも同じお浄土に生まれていくんやで」と答えました。そこからまた毎晩、「ぼく母ちゃんが死んじゃうのがやだ。母ちゃん死んでほしくない」と繰り返すようになりました(ちなみに、今まで一度も「父ちゃんが死んじゃうのがやだ」というのは聞いたことがありません)。

 さらに数日後の夜。

 「おやすみ」

 「ねえねえ父ちゃん。ぼくね...死にたくない。ぼく死んじゃうのやだ」と言葉が変わりました。他人の死から身近な人の死、そして自分のいのちへと思いが及んだのです。その息子の姿が大切なことを教えてくれているように感じました。

 いのちの話を他人事として聞いていくのではなく、私の話であったと聞かせていただく。阿弥陀如来の「必ず浄土に生まれさせる」というお救いは、この私ひとりに向けられたものでした。

 そのことを私たちに教えてくださった親鸞聖人は、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」(註釈版聖典853㌻)と常におっしゃっていたといいます。阿弥陀如来のお救いを私のいのちの話であったと聞かせていただくことの大切さを味わっていくことができます。

 今では「お浄土」「阿弥陀さま」とはっきり言うことができるようになった息子は、「ねえねえ父ちゃん、ぼくお浄土いってみたい!」と話します。そこで「お浄土というのは...」と説明をしていくのではなく、「そうやね。父ちゃんもいってみたい!」と私のこととして聞かせていただきます。

(本願寺新報 2025年01月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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