読むお坊さんのお話

お育てのなかで いますでにお慈悲が届いているからこそ

三浦 真証(みうら しんしょう)

布教使・奈良県大淀町光明寺副住職

ありがたいご門徒

 「真証さん、最近、お念仏することが楽しくてしょうがないんですわ」

 奈良・吉野のお寺に入寺させていただいて、早いものですでに13年の月日が流れました。今では、ご門徒さん方ともすっかり打ち解け、お参りに行った時に、思わず話が弾んで長居してしまうことも多くなりました。そして、仏さまの教えを中心にした人とのつながりの中で、私自身の仏教の受け止め方、阿弥陀さまのご本願の味わい方も変えられていったのだと思います。

 結婚をする時、司婚をつとめてくださった先生が、「君が入るお寺はありがたいご門徒さんがたくさんおられるから、ぜひともお育ていただきなさいよ」と言ってくださったのを実感したことがありました。それが、冒頭に挙げたご門徒さんの言葉でした。

 その方のお家には、よくお参りに行かせていただきました。そのたびごとに、その方が最近読まれた法話の本が、机の上に出されていました。そして、おつとめが終わると、「この言葉がありがたかった」「ここの文章はどういう意味かわかりますか」と、質問も交えながら、いろいろなお話をしてくださいました。おそらくそうやって、私に少しでもご法話に触れる機会を作ってくださっていたのだと思います。

 私自身も、その方と阿弥陀さまのお慈悲についてお話をする時間がとても楽しかったのです。そんな中、ふと言われたのが、冒頭の言葉でした。何の気なしに言われたことでしたが、私の耳に忘れられない言葉として残りました。

浄土真宗のお念仏

 浄土真宗のお念仏は、救いを求めてとなえる念仏ではありません。いまここにいる私を目当てに、すでに届いてくださっている阿弥陀さまのお慈悲をよろこぶ念仏です。そして、そのお慈悲ひとつで救われていく教えです。

 いますでにお慈悲が届いているからこそ、私の口からお念仏がこぼれてくださっている。だから、自分の口から出てくださるお念仏を、他力の念仏といただき、よろこんでいくのです。言い換えれば、私の口からお念仏がこぼれているということは、いますでに阿弥陀さまのお慈悲が届いている証でもあるのです。だからお念仏がうれしいのです。

 先ほどのご門徒さんの言葉は、このことを前提としていたのです。だからこそ、「お念仏するのが楽しくてしょうがない」と言われたのでした。私たちは何をよろこんでいるのか。それは、いまここに届いてくださっている阿弥陀さまのお慈悲をよろこんでいるのです。

 浄土真宗のお念仏について、第8代蓮如上人は次のように言われたと『蓮如上人御一代記聞書』に伝えられています。

 

弥陀をたのみて御たすけを決定して、御たすけのありがたさよとよろこぶこころあれば、そのうれしさに念仏申すばかりなり。すなはち仏恩報謝なり。     (註釈版聖典1236㌻)

 

 ここにある「たのむ」は「お願いする」ではなく、「まかせる」という意味です。まかせるのは、すでにこの私を目当てにしたお慈悲があるからです。「お願いしたから救ってもらえる」ではなく、「あなたを救いたい」という先手のお慈悲があるから、それにまかせて救われるのです。だから、お慈悲にまかせるところに「御たすけを決定」という事態が成立するのです。そして、お慈悲に抱かれていることがうれしいから、「そのうれしさに念仏申すばかりなり」と言われるのです。蓮如上人が、いかに簡潔に、浄土真宗の大切なところを示してくださっているのかがわかります。

 先ほどのご門徒さんがよろこんでおられたところも、ここだったのです。そして、そのよろこぶ姿が、私をお念仏の世界に導いてくださっていたのです。

 ともにお念仏をいただいていきましょう。

 善と悪を区別し、捨てられていく者を作っていくこの世界において、決して捨てていかないと、すでに届けられているお慈悲があります。それをわが口から出てくださるお念仏としていただいてきたのが、浄土真宗の伝統なのだと思います。そして、そのような分け隔てなくすでに届いてくださっている阿弥陀さまのお慈悲があるからこそ、私たちは、ともにお念仏の道を歩むことができるのです。

 さて、今日もお参りの中で、どんな話が飛び出すでしょうか。ご門徒さん方に育てられつつ、お念仏とともに一日一日を歩ませていただきたいと思います。

(本願寺新報 2025年03月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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