私に向けられたよび声 いつも阿弥陀様のお慈悲の真ん中
江田 智昭
仏教伝道協会職員・北九州市八幡東区徳養寺衆徒

優しいパパ
2016年の秋に、私はアウシュビッツ強制収容所を訪れました。ここで多くのユダヤ人が虐殺されたことは皆さんもご存じだと思います。その時、収容所内を現地ガイドの説明を聞きながら回った中で最も印象に残ったのは、当時所長であったルドルフ・ヘスについての話でした。彼は所長としてユダヤ人の虐殺を指揮しながら、普段は官舎で妻や5人の子どもたちと幸せに暮らしていました。
現地を訪れなければわからないことがあります。彼が家族と住んでいた官舎と、虐殺が行われていたガス室の間には、有刺鉄線の柵があるとはいえ、私の目測では100メートルも離れていませんでした。私はその時、「幸せな家庭」と「大量虐殺の現場」の距離の近さに強い衝撃を受けました。そして、「当時彼はガス室のすぐそばで子どもたちとどのように暮らしていたのだろうか?」という疑問が頭に浮かびました。
自宅に戻ってからインターネットで調べてみると、当時10歳にも満たなかったルドルフ・ヘスの娘が、後年にインタビューで答えていました。その中で家庭内の父について「世界一素晴らしい男性だった。本当によくしてくれた」と証言していました。『ヘンゼルとグレーテル』をいつも寝る前に読んでくれる最高に優しいパパだったそうです。そして「あってはならなかったこと」と父のことで苦悩しながら、次のような証言もありました。
「父がやらなければならなかったのよ。やらなければ家族がどうなっていたかわからなかったから。父がやらなくても代わりに誰かがやっていたでしょう」
このインタビューを読んだとき、『歎異抄』の中の親鸞聖人の言葉が頭に浮かびました。親鸞聖人はおっしゃっておられます。
「自分の心が善いから殺さないのではない。また、殺したくないと思っていても百人・千人を殺さなければならない業縁もあるのだ」(意訳)と。
彼ももし別の時代に生きていれば、誰一人殺さず、優しい父として家族とともに幸せに生きることができたのかもしれません。ルドルフ・ヘスは「私も優しい心を持った人間だったとは決して誰も信じてくれないだろう」という言葉を残し、1947年にアウシュビッツの中の処刑場で処刑されました。
「関心領域」
昨年、このルドルフ・ヘス一家のアウシュビッツでの生活を描いた「関心領域」という映画が上映されました。
この作品の中で、ルドルフ・ヘスの連れ合いが官舎の生活を気に入り、彼がアウシュビッツから別の収容所に一時異動になった際、「私はアウシュビッツで理想の生活を手に入れたのだから、あなたは一人で別の収容所に行きなさい」と言い放つシーンがありました。
毎日自宅のすぐ目の前の建物(ガス室)では多くのユダヤ人たちが、もだえ苦しみ、亡くなっていても、そのことに関心がなければ幸せな生活を送れてしまう。「自分さえよければ他人はどうなってもかまわない」という無関心の残酷さが、作品の中で嫌というほど描かれていました。
阿弥陀さまはどのような他者の苦しみをも自分の苦しみと捉え、その苦しみを取り除こうとしていらっしゃいます。これは「自分さえよければいい」という考え方とまさに真逆であり、阿弥陀さまは「自他一如」の見方をされているのです。そして、どのような他者も一人残らず必ず仏にしようと誓われました。
残念ながら、私たちは自分の好きな人たちには優しく振る舞えても、そうでない他者に対しては関心を持つことがほとんどありません。そして、恐ろしい縁がそろえば平気で嫌いな他者を迫害し、その人を殺してしまう怖さも持ち合わせています。そのような心を持った私たちを救うために、阿弥陀さまはどれほどの労苦を重ねられたのでしょうか。
阿弥陀さまは私を救うために「南無阿弥陀仏」のお念仏の中にすべての功徳を込められました。「南無阿弥陀仏」とは言葉になった仏さま。想像できないほどの長い時間とご苦労の末、その願いが私のもとに届いて、私の口から「南無阿弥陀仏」のお念仏が出てくださっているのです。
阿弥陀さまの「われにまかせよそのまま救う」の喚び声(南無阿弥陀仏)は、まさに私に向けられたものであり、阿弥陀さまの関心領域から決して私が漏れることはありません。阿弥陀さまのお慈悲の真ん中に常に私が存在しており、「南無阿弥陀仏」のはたらきは私がどこにいても必ず届いているのです。
(本願寺新報 2025年04月01日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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