私もあなたも幸せに 個性に寄り添いつつ比べることなく
立川 証
布教使・富山県小谷部市・浄教寺住職
詐欺社会
メールの受信箱を開けると、契約していないカード会社や大手企業からの確認メールが来ています。「不正なアクセスがありました」とか、「注文を確認してください」だとか、こちらを不安にさせるようなメールはほとんど詐欺の類いです。
あやしいと思うものには用心しますが、中には善意を装ったものや、なりすましの手口もあります。最近、家族が手の込んだ詐欺に遭い、アカウントを盗まれる被害がありました。道具をそろえ、手間をかけて行われる詐欺は、「おっかあに薬を買うんだ」というような人情時代劇的な理由からではないでしょう。
人をだまして盗むという、不妄語戒と不偸盗戒を同時に破って手に入れた何かで、幸せを作ることができるとは思えません。どれだけ欲しいものを盗んでも、充実することはできないでしょう。欲に振り回され、満たされることを忘れた餓鬼道に人生を向かわせることになるだけでしょう。
取られた人も、取った人も不幸になる悲しい行為が詐欺です。海外にあった大規模な詐欺拠点の報道や、数十億にのぼる被害総額のニュースを見て、怒りや悲しみ、不幸を生みだす行為が繰り返されているのが、この世界の日常なのだとむなしく感じることがあります。
「他人を無視してでも自分がやりたいようにやるのがどうしていけないのか?」と、中学生だった息子から聞かれたことがありました。その時は、「何をやっても自由だけれど、この世界にはプラスになることとマイナスになることがある。自分がどれだけプラスになっても、相手がマイナスになれば世界全体では相殺される。トータルでプラスになる行動でしか世界はよくならない。自分はどんな世界で生きたいか、しっかり考えなさい」と理想を押し付けました。しかし、マイナスばかりが目に付く時には、自分のことだけで手いっぱいで、周りのことまで考えていられないとさえ思えてきます。
うそや悪意におびえてこわばった心の状態では、リスクを避けようと、どうしても閉ざされがちになります。他人とはなるべく関わらない中でプラスになるようなことを求めてしまいます。周りのことを気にせずに目の前に落ちているちっぽけな幸運を拾い集めながら歩いていると、いつのまにか自分の行きたい場所がどこだったのかわからなくなっている、なんてことにならないでしょうか。
"お得"はプラス?
新型コロナで経済が停滞した時期から、ポイントをためるという習慣が大きく広がってきたように思います。マイナンバーカードの普及にも、行政施策としてポイントが配られました。ドラッグストアではポイント十倍の旗がたくさん立っていたりします。今やポイントはおまけではなく、行動を決める一つの要因となっています。どこでためて何に使うのがお得なのか気になる機会が増えました。テレビではお得を強調したコマーシャルばかりが流れています。
得というのは、他と比べて使う言葉であって、みんなと同じでは得になりません。得に振り回されたくない人でも、損をするのは嫌なので、気づけばお得なキャンペーンに巻き込まれていることがあります。
得をすることが悪いと言っているのではありません。しかし、比べて幸せになる価値に慣れてしまうと、差をつけることが当たり前になり、いつのまにか自分さえよければという思考が強くなっていかないでしょうか。
浄土に生まれたいと思う人すべてを救う阿弥陀さまの誓いは、個性に寄り添いつつ、比べることなくはたらきます。一人ひとりが仏になれる約束は、私とあなたは違っていても、私もあなたも輝いてそれぞれの周りを明るく照らす光になってほしいということでしょう。
うそばかりで関わることに躊躇するような世界であっても、私もあなたも仏になってほしいという阿弥陀さまの願いに「いいね!」を押し続けるような、お念仏ライフでありたいと思います。
最近、連れ合いとの間で、ささやかな行動でポイントを積み重ねていく遊びがはやっています。ある日、混み合う駐車場でたまたまいい場所がちょうど空いていた時に、「アナタいつのまにそんなにポイントを積んでいたの?」と笑ったことをきっかけに、今日は道を譲ってポイントを積んだとか、ささいなことを報告するようになりました。単なるこじつけなのですが、周りにも目を向けて誰かとやさしさを楽しめれば、マイナスがあってもそんなにむなしくはならないようです。
(本願寺新報 2025年04月10日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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