読むお坊さんのお話

どこにいても お慈悲は今ここにいる私に届いている

和氣 秀剛(わけ・しゅうごう)

布教使・奈良県五條市圓光寺住職

「ゆるされてきく」

 数年前、広島県で大学時代からの親しい友人と、お好み焼き屋さんで食事をしていました。

 カウンター席に座って、お寺のことや浄土真宗のみ教えについて語り合っていました。すると、横の席の男性から突然、「あんたら、お寺の人?」と声をかけられました。友人も知らない人でしたが、彼が「そうですよ」と答えると、「そうかぁ、そういえば最近お聴聞しとらんのぉ」とつぶやかれたのです。

 お寺や門徒さんのお宅で「最近お聴聞してないなぁ」と聞けば、「そうですね」と思えたのですが...。お寺とは関係がない場所と思っていただけに、その男性から「お聴聞」という言葉が出たことに驚かされました。

 浄土真宗では「お聴聞」を大切にします。お聴聞とは、お寺でご法話を聞くことです。阿弥陀如来はすべてのいのちに「かならず救う 我にまかせよ」と、南無阿弥陀仏のみ名となって、私たち一人ひとりによびかけてくださっています。そのよび声を聞き、阿弥陀如来の大いなるお慈悲のおこころが、今ここに生きている私を摂めとって南無阿弥陀仏と届いてくださっていると聞こえる中に、安心をいただいて生きていくのです。

 親鸞聖人は、「聴聞」に、「ゆるされてきく」(註釈版聖典145㌻)という説明を添えてくださいました。私が自己中心的な煩悩を抱えて生きているいのちだと阿弥陀如来はご覧になられ、大切なわが命であると見捨てず受けいれてくださっているから、「ゆるされて」と仰せなのです。

 親鸞聖人はご和讃に、

 

 十方微塵世界の

  念仏の衆生をみそなはし

  摂取してすてざれば

  阿弥陀となづけたてまつる

     (註釈版聖典571㌻)

 

と仰せになられました。

 一人ひとりの私を、大切ないのちであるとご覧になり、見捨てない仏さまであると仰せなのです。

 娘がまだ幼児だった頃、母に向かって「あ、お母さんの眼の中に私がいる。うれしい!」と言いました。まさに目に入れても痛くない存在として受けいれられているところに安心が起こるのです。今まさに私たち一人ひとりを分け隔てなく受けいれてくださっている仏さまなのです。

受け継がれ850年

 この阿弥陀如来の大いなるお慈悲のおこころをお聴聞し、お念仏することをお勧めになられたのは、親鸞聖人を導かれた法然聖人でした。

 法然聖人は43歳のとき、阿弥陀如来の願いにであわれ、南無阿弥陀仏とお念仏を称えることによって万人が救われる道が開かれていることをお聞きになられました。承安5(1175)年の春の出来事だったと伝えられています。

 そこで法然聖人は、比叡山をおりられ、京都吉水の地(京都市東山区)で、誰もがお聴聞を通して、お念仏申す身となり、阿弥陀如来のお浄土に往き生まれさせていただけるとお説きになられました。 このお説法の形式は、それまでの内容とは全く異なるものでした。そのことを示す『法然上人行状絵図』(知恩院蔵)が残されています。そこには、修行する道場ではなく、座敷のような場所で、お説法をされている法然聖人を前に、たくさんの方々が集まってお聴聞している様子が登場します。僧侶や俗人、男性や女性などの性別、また年齢や立場を超えた方々の姿が描かれています。まさに阿弥陀如来の大いなるお慈悲は、どのお方にも分け隔てなく届いていると、お聴聞される穏やかな表情から感じとれます。

 以来、850年の歳月が過ぎました。親鸞聖人をはじめ、先人の方々は、私たちが阿弥陀如来の大いなるお慈悲のおこころにであうことができるように、お聴聞の場を受け継いでくださいました。

 浄土真宗の本堂を見てみると、他の宗派では類を見ない構造になっています。ご本尊の阿弥陀如来が安置されている内陣に対して、私たちが参拝しお聴聞する外陣のほうが比較的広く建てられています。それは、多くのお方がお聴聞を通して、私自身がお念仏の世界に生かされていると聞こえる大切な場所だからなのです。

 お好み焼き屋さんで「最近お聴聞しとらんのぉ」とつぶやくほど、お聴聞という言葉が浸透している場にであえて、阿弥陀さまの大いなるお慈悲を感じるうれしいひと時でした。南無阿弥陀仏のおはたらきはお寺だけにとどまることなく、どこにいても、今ここにいる私に届いていると教えられました。

(本願寺新報 2025年05月20日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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