読むお坊さんのお話

「ありがとう」私が気づくよりも前から案じられる私

井上 見淳(いのうえ・けんじゅん)

龍谷大学教授・福岡県飯塚市正恩寺

息子の卒業式

 今年の3月に、息子の高校の卒業式に出たときのことです。最後のホームルーム。教室の後ろは保護者でぎゅうぎゅう詰めです。いろいろと話されていた先生が途中「みんな! 時間もあるし、最後に一言ずつ言おうか」と提案。生徒は「えーっ」と盛大に嫌そうな反応をしてはいましたが、出席番号が1番の生徒から始まりました。

 その生徒は、突然始まったにもかかわらず、担任・副担任に、そしてクラスメイトに、笑いを上手に交えながら思い出と感謝を伝えます。ところが、「では最後に後ろにいるお父さん、お母さん!」と語り始めると、「ええっと、これまで、......うーん。......あ、やばい」と言うや、手で顔を覆い、こみ上げてきた涙で、あいさつは止まりました。すると他の生徒も、保護者たちも、先生方も、一斉に目を潤ませ始めました。そして生徒は涙声で「18年間、いつも本当にありがとう。これからもよろしくお願いします」と述べ、あいさつを締めました。続く生徒たちも、先生と、クラスメイトと、保護者とに感謝を述べる中、やはり感極まり、あいさつは何度も止まりました。さわやかな春風が吹く中、優しい時間が流れます。素晴らしい最後のホームルームでした。

 その日の夜のこと。私が息子に「いい卒業式やったなぁ」と言うと、息子は照れくさそうに「ああ。」と一言。そこで私が「そういえば君ら、18年間ありがとうございましたって、みんな言ってたやん」と言うと、息子は「うん」と応えます。私が「あれ本当は19年やで」と続けると、「は?」と怪訝そうな息子。私が「だってな、親の愛情は生まれた時から始まったわけじゃなくて、お腹に宿ったとわかった時からやもん」と言うと、息子は「ああ。」と言い、「でもそんなん、知るわけないやん」とぽつり。私は「そうなんよ。知るわけないよな。でもこれ本当の話なんよ」と言ったのでした。

願いに導かれ

 思えば、私たちは自分中心に物事を見ていく煩悩によって、それぞれ自分で苦楽の世界を描き出し、そのなかを懸命に生きています。ですからすぐ人を傷つけてしまいますし、一方で自分もまた傷つけられます。時に人を傷つけたことに気づいた日は、自分で自分を責め、傷つけもします。反省しつつも謝ることもできず、気づけばまた繰り返して、後悔の涙をこぼして生きる私たち。

 『仏説無量寿経』には、こうした私たちの姿をご覧になり、心から悲哀された法蔵菩薩(阿弥陀如来)が一人ひとりに向けて、このように願われたことが明らかにされています。すなわち、娑婆の縁が尽きる時は、私があなたを浄土に生まれさせる時なのだとどうか疑いなく受け止めてほしい。そして、いのちのある限り、どうか念仏と共に歩んでほしいと。

 親鸞聖人はこの願いを私に対し、大悲を込めて伝え続けた声が「南無(まかせよ)阿弥陀仏(われに)」だったのだと教えてくださいました。その声が、欲にまみれ、世俗の名誉と利益を重んじ、孤独に生きていた私を、いのちの行き先を浄土だと見据えて念仏を申しながら、如来のあたたかな慈悲の中を生きる者へと変革していったのでした。

 この如来の願いを受け入れて生きることを信心獲得といいます。そうであるならば、いま浄土を受け入れ、念仏を申すようになったこの私とは、その願いに導かれ、育てられた者だということになります。ならばその願いは事実として、私が気づくよりも前から確実に起こっていたと言わねばなりません。

 親鸞聖人は「ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり(ここに久しく如来の海のように広大な本願の世界に入ることができ、深く如来のご恩を知ることになった)」と言われています。私は、ここで親鸞聖人が「深く仏恩を知れり」と言われた言葉に、そういった如来の広大なお手回しに対する思いを込めていらっしゃったのではないかと味わっています。如来とは、私が気づくよりも前から私を案じつづけたお方であり、私が如来を忘れている時でも私のことを忘れてくださらない。そういう如来ゆえに、私を「つつみ込む」としばしば表現されてきたのでしょう。

感謝で終われる

 息子の卒業式であらためて「ありがとう」で終われるというのは素敵なことだと思いました。それは、自分が苦楽を過ごした「青春」というかけがえのない時間は、まわりのおかげさまで成り立っていた素晴らしい時間だったと受け止めていったということでしょうから。人生の最期もそうであればいいな。そんなことを高校生たちを通して感じさせてもらった卒業式でした。

(本願寺新報 2025年06月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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