読むお坊さんのお話

何もかもおかげさま 自分が歩いてきた道を合掌して終える

西原 祐治(にしはら・ゆうじ)

布教使・千葉県柏市西方寺住職

国会議員の聞法会

 もう数十年も前になりますが、二十代の頃、東京の築地本願寺に勤務していました。当時、お育てをいただいた方に、芝原郷音さん(1912~1991)がおられます。築地本願寺のご輪番でした。有り難いご法話をされる方で、おつとめも丁寧にされ、忘れがたい思い出がいくつもあります。

 そのひとつが朝のおつとめ。聖徳太子のご命日の朝のこと、いつもの正信偈に続いて、輪番が聖徳太子像の前で焼香され、聖徳太子の早引和讃がつとまりました。そしてすべてのおつとめが終わった後、芝原輪番が若い私を呼び止め、「すまんが、聖徳太子像の前であらためてお焼香がしたい。もう一度、香炉の炭を整えてくれ」とのこと。私は誰もいなくなった本堂で輪番が焼香をされる姿を見て、焼香は儀式や形式ではなく、お敬いのご縁をよろこぶ大切な行為なのだと教えていただいた思いがしました。

 もうひとつ思い出があります。築地本願寺では当時も現在も定期的に、本願寺派に所属する国会議員が集って聞法する会が開催されています。「築地聞真会」といい、佐賀県出身の衆議院議員・保利茂さん(1901~1979)などが発起人となって結成された会です。保利さん自身も毎回参加されていました。

 お念仏をよろこばれた保利さんは、浄土真宗とのご縁を次のように記しておられます。

 「私がまだ小学校へも上がらない幼少の頃、祖父が失明したのです。失明した祖父は、朝夕のおつとめと、お寺まいりだけが唯一の楽しみでした。お寺でお説教があるとき、その祖父の手をひいてゆくのが私の役目でした。行き帰り、祖父が、聞こえるか聞こえないかの声で、しきりに念仏を称えていたのを忘れることができません」

「目的地に近づく」

 その保利さんが、健康上の理由で衆議院議長を辞任され、大学病院に入院して治療に専念することになりました。その病室での4カ月の様子は、議長秘書であった岸本弘一氏が「死の床の保利茂」や「保利茂の政治的遺訓」として手記をのこされています。

 病床の枕元には常に浄土真宗聖典が置かれていて、その手記には「あるとき〝寝ているのかな〟とソッと病室に入ると、この人は、その教えの中でいつも唱えている『煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我』つまり、煩悩、眼を障えて見たてまつらずといえども、大悲ものうきことなく、常に我を照らしたまうという文句を、小声で静かに念じていた」とあります。

 ご往生は昭和54(1979)年3月4日でした。3月に入って、築地本願寺の芝原輪番に会いたいとの連絡がありました。大学病院にお見舞いに行くと、ドアには「面会謝絶」の札がかけられていましたが、短い時間を条件に面会が許されました。

 芝原輪番が入室すると、保利さんはベッドの上で起き上がり羽織をかけられました。そして芝原輪番に向かって「長い旅でしたな、輪番さん」と言われました。続いて「しかし、今日までの私の旅は、今日のための旅でした......ナマンダブツ、必ずお浄土へかえらせていただきます。輪番さん、人間の世界には、無駄なものは何ひとつありません。何もかも、おかげさまでしたなあー」と語られました。

 このやり取りは、3月16日の国会本会議で行われた追悼演説でも取り上げられ、農民運動家で保利さんと共に副議長として国会運営に汗を流した三宅正一さんが、「保利君は死の二、三日前、周辺に、長くして険しい道だった。目的地が近づいてきたようだ、と語られたと伝えられています」と述べられました。

 命の終わりに至って、自分が歩いてきた道を合掌して終えることができる。ここにお念仏の恵みがあります。この恵みを正信偈には、「大悲倦きことなく、常に我を照らしたもう」とあります。

 「倦」の字義は「あきる・つかれる」などです。仏さまに背を向け、常に煩悩に埋没し、自分中心にしか生きることのできない私をあきることなく、念仏申す身にお育てくださった仏さま。わが身のいたらなさを知るがゆえに、如来の恩徳の深きことに下がる頭。保利さんの病床での営みは、阿弥陀さまの恩徳と共にあったようです。

 恩徳とは、仏さまの三徳のひとつです。すなわち智徳(智慧の徳)・断徳(煩悩を断じ尽くした徳)・恩徳(人々を救う慈悲の徳)の中の恩徳で、阿弥陀如来が私を救う大悲の功徳のことです。「南無阿弥陀仏」のお念仏を称えること、み教えを聞くことそのものが如来の恩徳なのです。

(本願寺新報 2025年07月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

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