戦争体験を語り継ぐ 殺してはならぬ 殺さしめてはならぬ
長岡裕之
教誨師・山口県長門市龍雲寺住職
うなずくだけしか
「住職さん、私は戦争で中国に行って、恐ろしいことをしました」
法事の後、突然の言葉に私は身構えました。
「上官の命令で、捕虜に大きな穴を掘らせ、穴の方に向いて座らせ、銃剣で後ろから突いたんです」
捕虜を刺し殺したのでした。軍隊では上官の命令は絶対であり、とうてい逆らうことなどできなかったのです。
「...住職さん。座った人間の身体は、後ろから突いても前に倒れんのです。仕方ないので、穴を背にしてこちら側に向かせて、前から突いたんです...」
何人もいる捕虜を刺殺して、穴に落とすために、前向きにしたというのです。
「突いた時の手の感触、捕虜の顔と声は忘れることができんのです」
苦悶の表情で語られる言葉に、ただうなずくことしかできませんでした。
一呼吸されて、言葉は続きました。
「銃剣の腹には溝があるんですよ。なぜ、溝があるかわかりますか」
考えたこともない私は「いや、わかりません」と言うだけでした。
「溝がないと刺した時、肉が剣にひっついてしまい、銃剣が抜けんのです。溝があるから空気が入り抜けるんです」
ただ息をのむだけでした。
当時、80歳を過ぎたこの方の戦後の苦悩の人生を思わずにはいられませんでした。家族にも知人にもとても話せることではなかったと思います。しかし、人生の終焉が近づき、このまま一人で抱えて死を迎えるにはあまりに重すぎる。「住職さんなら」と思われ話してくださったと感じました。この方の苦しみが和らぐのなら、いくらでも聞いてあげたいと思いました。
「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって、生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」
(「法句経」一三〇偈 /中村元訳『ブッダの真理のことば』)
仏教徒が戒めにするお釈迦さまのお言葉です。
「人を殺してはいけない」ということの依りどころです。「己が身にひきくらべて」と、暴力によって殺される側に自分の身を置いてみれば、なぜ、殺してはいけないのかがわかります。殺される側の恐怖や苦しみを、自分自身の恐怖や苦しみとして感じ受けとめるなら、殺す側に立つことを抑止するでしょう。また、「殺さしめてはならぬ」と他者に人を殺させてはならないことも当然です。自ら殺してはならないし、他者をして殺させてはならないとのお言葉です。
戦争という殺し合いの場は、このお釈迦さまの言葉が全くないがしろにされた状況であり、人を殺すことを手柄とする異常極まりない出来事です。このような戦争を否定していくのは、先のお釈迦さまの言葉をいただく仏教徒の使命です。
お釈迦さまは、「殺してはならぬ」に続いて、「殺されてはならぬ」とはおっしゃいませんでした。「殺してはならぬ」は自分の行為の範疇ですから、自分で制御でき得ることです。しかし、「殺されてはならぬ」は他者から殺されることを意味しますから、他者の行為は制御し難いことです。
他者という相手がある以上、状況によっては殺されることがあるかもしれない。だからお釈迦さまは「殺されてはならぬ」とまではおっしゃらなかったのではないでしょうか。この世にあっては、殺されることがあるかもしれないが、決して殺してはならない。つまり「殺されても殺すな」と私は受け取っています。
「殺されても殺すな」とは不可解な言葉かもしれませんが、私たちは絶対にイヤなことを「殺されてもイヤだ」と言うことがあります。つまり、絶対にダメなこと、いかなる理由があれ絶対にしてはいけないことが「人を殺す」ということです。
つらい思いをした戦争体験者は、「戦争は絶対にしてはいけない」と口々に語って戦後を生きてこられました。そのことが戦後の日本が戦争をしない、加担しないという抑止力になってきた大きな要因の一つでもあります。
今、その体験者が急速にいなくなる時を目前に控え、戦争体験を聞いた私たちには大きな使命があります。それが「戦争体験を語り継ぐ」ということです。
原爆の惨禍にあった広島・長崎、凄惨な地上戦が行われた沖縄の地でも、若い十代の方々が立ち上がり、戦争体験を語り継ぐ営みがすでに始まっています。平和を願う念仏者として私たちも貢献したいと思います。
(本願寺新報 2025年08月10日号掲載)
本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より
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