読むお坊さんのお話

いまを生きる 考えてもどうにもならないいのちの終わり

中川 真昭(なかがわ・しんしょう)

児童文学作家・奈良県橿原市浄念寺

お念仏につつまれているのに愚痴が多く

 「ご院主さん、なにをしてはりますの」と頭の上から声がし、びっくりして立ち上がりましたら、ヨシエばあちゃんのにこにこ顔。

 「いや、ミンミンゼミがコロンと、仰向けになって死んでたんで、それを見とったんや」

 「それで」

 「生まれて1週間か10日ほどで死んでいくおまえやけど、生きとるあいだなにを考えとったんや。死ぬとき、なにを思うてたんや。苦しんで死んだんか。楽に死んだんか...ってセミに聞いてたんや」 「ご院主さんは、ほんまにひまをもてあましてはるんですな。それでセミは、なんてこたえましたんや」

 「なんにもこたえへん」

 「あたりまえですやろ、死んでるんやから。ええかげんにしとかんと、熱中症になりまっせ」といつものご親切。

 「おおきに。水分補給をかねて少し休みましょか。ヨシエさんもお水どうですか」とたずねますと「としとったら、あんまりおなか冷やしたらあきませんので、わたしは熱いお茶をいただきます」との返事。本堂の向拝の階段に座ってホッとひと息つきました。

 「ご院主さんは、もういくつにならはりました」

 「あんたより2つ上やったと思う」

 「そしたら89歳ですか。ということは来年が卒寿。おめでたい」 「あんまり長生きするのもしんどいことや」

 「ぜいたくいうたらあきません。ここまで生きさせてもろたんやから、喜ばさせてもらわんと。ご院主さんは、日ごろからお念仏をいただいて、お念仏につつまれて生きたはるはずやのに、なんやしらん、割合に愚痴が多いですな。愚痴ばっかりいうてんと、ちょっとはピシッとええとこ見せなあきませんで、ほんまに...」

往生に大・小ありませんがそれでも大がよろし

 向拝を、すずしい風が吹きすぎてゆきます。

 「ご院主さん。一寸お聞きいたしますが、ご院主さんは自分がどんな死にかたするか、お考えになったことがありますか」。ヨシエばあちゃんは、わたしの顔をしっかり見つめて、とつぜんおっしゃいました。わたしは、死の縁無量と聞かせていただいておりますので、どこで、どんな死を迎えるやらわかりませんから、そう申しあげましたら、ヨシエばあちゃんは、「はあーっ」とひと息ついておっしゃいました。

 「息子や嫁は独立し、つれあいも死に、親戚、近所、ともだちとのつきあいもなくなり、ぼんやりしてたら、とつぜん、わたしはどんな死にかたするんやろなあ、と考えはじめまして、夜もねむれんようになりました」

 痛いとわめいたり、苦しんだりからだじゅうにくだをいっぱいつけられたり、人工呼吸器つけられたり、胃ろうされたり、そんなんかなわんと思うても、そうなるかならんかもわからんのやから、考えても、心配しても、どうにもならんことや、と申しましたら、

 「ご院主さんは修行してはるから、そういえますんや。わたしらはみんな、心配で心配で。カラスがギャアギャア鳴きましたら、村のだれかが死なはるんかいな、と気がかりで...。ほれ、山田のおばあちゃん、朝になって起きてきはらへんので起こしにいったら死んではった。91歳。みんな大往生やなあっていわはった。往生に大も小もないとわかっておりますが、やっぱり、大がよろし」

今日のいまはたった一度のいまかぎり

 坊守の母を、実家の病床にたずねたとき、「いろいろやさしいこというてくれてうれしいけど、生まれてきたかぎり、かならずいのち終わります。どう死ぬかということを心配せんと、まかせてくれというてくれたはるお方が、いらっしゃるやないですか。おまかせして、安心して、たった一度のいまを生かさせていただく...」とおっしゃった言葉が、耳の底にのこっています。その母のたった1冊の句集『春蘭』に、こんな句を見つけました。

 

極重悪人唯称佛 夏書かな

雨露の身の独来独去と知りつつも

 

 そんなことを、ヨシエばあちゃんに話しましたら、「最後はいつも、ご院主さんのお説教ですな。それがわたし、ありがたいのやらわずらわしいのやら...」とおっしゃいました。ほんとうは、わずらわしいのやろ、と思いましたので、「すまんなあ」とあやまりました。

 「ところで、熱いお茶はどうなりました。...いま湯をわかしてるって。そんなん、まっておれませんわ。お盆やし、久しぶりのお墓まいりもせんならんし、わたしこれでも、けっこういそがしいんですわ。ほな、ご院主さん、これが最後かわかりませんけど、とりあえず、さいなら...」

(本願寺新報 2025年08月01日号掲載)

本願寺新報(毎月1、10、20発行・7/10、12/10号は休刊)に連載中の『みんなの法話』より

※カット(え)の配置やふりがななど、WEBサイト用にレイアウトを変更しています。

※機種により表示が異なるおそれがある環境依存文字(一部の旧字や外字、特殊な記号)は、異体文字や類字または同意となる他の文字・記号で表記しております。

※本文、カット(え)の著作権は作者にあります。

一覧にもどる